「ノースセクター」「――ノースセクターで仲良しの写真撮ろうぜ!」
「はぁ?」
共有スペースに入るやいなやそう告げるガストに、3人が冷たい視線を浴びせる。いや、実際はマリオンとレンが冷たい視線を浴びせ、ヴィクターは興味無さそうにコーヒーを啜っていた。
「そう冷たい表情をするなよ……。カメラマンが怖がっちまうだろ」
「今日は取材の日だと聞いてはいましたが。写真を撮るのですか」
ガストの後ろから恐る恐るといった様子で顔を出したカメラマンの男に、興味を持ち始めたらしいヴィクターが顔を上げる。
「あぁ。雑誌に載せる写真を撮りたいんだってよ。ちょっと前、アンケートに答えただろ?あれとセットで載せる写真らしいぜ」
「そういえば、やけにセクターについてあれこれ訊かれたものがありましたね」
「そう、それ。雑誌のタイトルはまだ決まってなかったみたいだけど、これになったみたいで……」
そう言ってガストは企画書らしき紙をテーブルの上に置いた。そこに書かれていたのは――『ノースセクターはみんな仲良し!』という文字。
「……おい。明らかにタイトルおかしいだろ」
流石にスルー出来なかったのか、レンが口を開く。この企画書はこの研修チームの関係性を分かっているのだろうかと疑問に思うようなタイトル名だった。無知なら未だしも分かっていてこのタイトルにしたというのなら、ある意味素晴らしいタイトルセンスだと言えるかもしれない。
「いやいや、これは『○○セクターはみんな仲良し!』っていうタイトルで、各研修チームに対して同じ企画が進行しているらしいんだよ」
「そんな巫山戯た企画の写真なんかお断りだ。オマエらと一緒の写真に収まるのですら――」
「あーっと……。これも『ヒーロー』としての任務だから、断ることは許さないって、その、ブラッドが……」
「はぁ!?」
怒りの余り鞭を振るおうとするマリオンを「コントロールだ……っ!!」とガストがおさめる。その余りの形相に、ガストの後ろで「ひぃっ!」というカメラマンの悲鳴が聞こえた。
「そう怒ると身体に毒ですよ」
「っ!」
「ここで議論をしたところで無駄な時間が過ぎるだけです。1枚撮れば終わりでしょう?なら従ってしまった方が楽ですよ、マリオン」
ヴィクターの合理的な答えにマリオンの言葉がぐっと詰まる。逡巡するような素振りを見せた後、1つ溜め息を吐いてカメラマンの男に視線を向けた。
「そもそも、どんな写真を撮るつもりなんだ」
「そうですね……。ちょっと、こう……笑顔の写真とか」
「それはこの面子を見た上で言っているのか」
「……ですよね」
カメラマンががっくりと肩を落とすが、今までの様子を見て望み薄だと気がついていたのだろう。共有スペースの一角を指した。
「まず、このソファに座る人2名と、その後ろに立つ人が2名という位置取りで。なるべくメンターとメンティーで隣り合った方が仲良し感が出る……と思います」
その指示に従ってソファにマリオンとレン、その後ろにガストとヴィクターが並ぶ。笑顔は既に期待していないのだろう。カメラマンの男は特に表情について指示することなくシャッターを切った。
会話もない静かな空間にぱしゃり、とカメラの音が響く。すぐにその写真は男のタブレットへと送られる。その写真を確認したカメラマンは「あー……」と何とも言えないような言葉を吐いて「もう一度撮りましょうか」と再びカメラを向けた。
「ちょっと待て。今の反応はなんだ」
しかしそうは問屋が卸さない。マリオンは男のタブレットを奪い取ると、先ほどの写真を確認した。他3人も写真については気になっているようで、マリオンが持ったタブレットを覗き込む。
「おい、これ……」
「おやおや」
「……」
「ははっ。――何か家族写真みてぇだな」
そう。この4人の立ち位置や顔つき、ポーズに雰囲気という全ての要素が『家族写真』と言うに相応しい構図となっていて。
「この立ち位置ですと、私とガストが親でマリオンとレンが子供でしょうか」
「は!?誰がオマエらの子供だ!そもそもコイツとは歳が1つしか変わらないだろう!」
「いやいや、俺が撮ったわけじゃねぇから!!」
その構図がどうにも気に入らなかったらしいマリオンが、いつの間にか鞭を出現させてそれを振り回している。それを何とか避けようとして大騒ぎするガストがいて、そのやり取りをヴィクターは面白そうに、レンは「またか」といった表情で見つめている。
恐らくこれが彼らの日常なのだろう。一見冷たそうに見えるやり取りや表情には、間違いなく経過し変化していった彼らの信頼関係が見えていて。
そんな彼らの日常風景を見て、カメラマンの男はこっそりとシャッターを切った。
――雑誌が刊行された翌日、男がノースセクターから緊急の呼び出しをくらったのはまた別の話。