マリオン誕生日(2021)「――マリオンの誕生日を祝いたい?」
時は昼。マリオンが自主練に出掛けた後のリビングにて。
残された3人で別段会話もなく各々の時間を過ごしていると、ガストからとある『提案』をされた。読書を行っていたレンは、それを中断されたという事実とその内容に顔を顰める。
「そうそう。1年前はそういうことが出来る雰囲気じゃなかったけど、今年ならチームで祝うことも出来るんじゃねぇかなって思ってさ」
ガストの話は至って簡単だった。明日に迫ったマリオンの誕生日をこのノース研修チームの3人で祝いたい。だからレンにも協力して欲しいという内容だ。
「確かマリオンは去年『ノヴァが祝うだけで十分だ』とか口にしていなかったか」
去年はマリオンに祝いの言葉も述べていないため、それを直接言われた訳ではない。しかし事あるごとにそう口にしては「そんなことを言わず、きちんと感謝するのデスヨ」とジャックに窘められていたという記憶が残っている。
時々彼の世界は『家族』と『それ以外』にしか分類されていないのではないかと感じることがある。それほどまでに彼は家族に対する愛着が強く、それ以外に対する興味が薄い。
そんなマリオンが、チームに祝われることを良く思うだろうか。
「その『ノヴァ』に頼まれたことでもあるのですよ」
「ノヴァに……?」
レンの言葉に返答したのはヴィクターだった。どうやら話の発端は彼であるらしい。理解が出来ずに疑問の声を漏らすと、ヴィクターは事の子細について語り始めた。
「今、ノヴァの研究が佳境に入っているようでして。どうやら彼がマリオンの誕生日を祝えるのは、早くても当日の夕方頃となってしまうらしいのです」
「当日に会えるのなら良いんじゃないか?」
ノヴァがマリオンの誕生日を祝うことが出来なそうだ、という話であれば可哀想だと思わないでもないが、どうやらそうではないらしい。ノヴァはその立場故に忙しくしていることが多い。そのことはマリオンだって分かっているだろう。その問題にこちらが首を突っ込む必要性は無いように思える。
「それは私も伝えました。しかし、折角同じ部屋にいるのなら日付が変わったタイミングで祝って欲しいと言われまして」
「くだらないな……」
ヴィクターから伝え聞いたノヴァの言葉に嘆息する。誕生日を祝うという行為を否定することはない。しかし、その『日付が変わったタイミングで』というのはレンの理解の範疇を超えていた。そもそも誕生日だと言っても、その日の0時きっかりに生まれたわけではないだろうに。まぁ、ノヴァらしいと言えばらしいのだが。
「最近、マリオンと貴方たちとの関係性が向上しています。だからこそ、是非チームのみんなで祝ってほしいというのがノヴァの『お願い』らしいです」
「そんなこと――」
「マリオンは家族以外で誕生日を祝う催しをされたことはありません。だからこそ、という思いが少なからずあるのでしょうね」
「……」
反論をしようと開いた口が、言葉を紡ぐことなく止まる。
ある事件によって家族を失ったレンだったが、その後もレンの誕生日にはアキラやウィル、そして彼らの家族が祝ってくれていた。
もはや慣例的に言っているだけかもしれない。それでも「誕生日おめでとう」と言われる度に、自分は生まれてきて良かったのだと、家族以外からも必要とされているのだということを認識できて。少し、ほんの少しだけ安心したことを覚えている。
「流石に大規模なものはしない。きっとマリオンも盛大に祝われるのは好きそうじゃないしな。だから、レンも手伝ってくれないか?」
レンの変化に気がついたのか、ガストが普段よりも丸みを帯びた声音で語りかけてくる。
ガストにどう思われているのかは分からないが、別にレンもマリオンの誕生日を祝いたくない訳ではない。この1年間の様々な出来事を通じて、メンターである彼にはそれなりに――感謝もしているのだ。
こくり、と一度だけ頷き肯定の意を表明すると、ガストはぱっと表情を明るくさせて笑みを浮かべる。
「よっしゃ、決まりだな!」
「……そもそも、何をする予定なんだ」
誕生日を祝う、といっても度合いは様々だ。チームで祝って欲しいと彼の家族に言われたからには、流石に「おめでとう」という言葉だけでは終われないだろう。
「一般的にはケーキで祝うものだと記憶していますが」
「んー後は他の食いもんでもあれば良いんじゃないか?」
「買ってくるのか?」
「いや、作れば良いだろ。俺も簡単なものなら作れるし――」
それぞれが案を出しながら試行錯誤していると、ふとドアの開閉音が耳に入る。
「!!」
この時の反射力というのは恐ろしいもので、3人が一様にぴたりと言葉を止めた。
今この場にいる3人以外で入室してくる人物は限られている。そして、ドアの向こうから姿を現した人物はその予想通り――マリオン・ブライス当人だった。
「……何をしていたんだ」
マリオンはリビングに集まる3人の姿を見ると、一瞬虚を突かれたように目を見開いたものの、すぐに眉根を寄せて不快そうな表情へと変化する。
徐々にその距離が縮まりつつあるとはいえ、未だにこうして皆が集まるような場面は少ない。何しろほぼラボに籠もりきりのヴィクターが参加しているのだ。訝しむような視線を向けられるのも無理はないだろう。
先ほどは反射的に口を噤んでしまったが、別にノヴァからは「サプライズで」などという注文は受けていない。この際全て話してしまって、どう祝われたいのかを直接訊いた方が格段に早く解決するのではないだろうか。
「マ――」
「い、いや? 何も?」
しかし、レンの言葉はマリオンの名を紡ぐことすら出来ずに遮られた。
最悪なことに「如何にも嘘です」と言わんばかりの挙動をするガストによって。
「……」
マリオンは何も言わない。
しかしそれは納得したからではないということは、この場にいるほぼ全員が分かっていることで。
「そう。なら、勝手にしてろ」
彼が放った言葉は冷たく、鋭い。
そうとだけ告げると、マリオンはくるりと踵を返し部屋から出て行った。
「……な、何だったんだ?」
一連の彼の言動を、ガストは理解出来なかったらしい。そういうところがマリオンやレンの機嫌を損ねる要因となっていることを、彼はいち早く理解するべきだと常々思っている。
「これは、機嫌を損ねましたね」
「お前のせいだぞガスト」
「えっ? 何でだ??」
3人が取り残されたリビングには、1名の驚く声を2名の嘆息が広がった。
◇◇◇
「はぁ……」
ブルーノースの綺麗に整った町並みの中。
マリオンは浮かない表情で1つ、溜め息を吐いた。
「何だあの3人は……。ボクに隠してコソコソと……」
思い出すのは数時間前の出来事ばかりだ。あんな如何にも「何かあります」といった言動をされては、気になってしまって仕方がない。
以前ヴィクター抜きの3人で彼の寝顔について話していたことがあったことはある。だから、今回の話もその時のようにくだらない話の一部なのかもしれないと思う気持ちはある。
しかしそうだとすれば、確実に彼らが話していた内容はマリオンに関係することで。
しかも『あの』ヴィクターが参加している。きっと碌でもない話であることには違いない。
「(気分転換にノースの街を歩き回ってみたけど、全然気持ちが晴れないし……)」
あの空間に居たくなくて咄嗟に踵を返してしまったが、ノースの街に別段用事がある訳でもなかった。パトロールがてらブルーノースを歩き周り、市民からの声援に応えていたのだが、もやもやとした気分が晴れることはなく。
それから、どれだけ歩き回ったのだろう。
日は暮れ、夜の帳が下り始める時間となっている。その間の記憶はぼんやりと薄れていて、如何に自分が呆然としていたのかが嫌でもよく分かった。
「戻りたく、ないな……」
あんな些細な出来事でどうしてそう思ったのかは分からない。
ただ、あの時。
明確に自分だけが輪から弾かれた、という事実は思った以上にマリオンに衝撃を与えていた。
自分の気持ちが落ち着くまでノヴァのラボに居ようかとも考えたが、タイミングの悪いことにノヴァの研究は佳境に入っている。大事な研究の邪魔をするようなことはしたくなかった。
つまりここで無闇矢鱈に歩き回っていても、いつかはあの場に戻らなくてはならないということで。
「う~っ……」
戻りたくないという感情と、戻らなくてはならないという事実が板挟みとなってマリオンに襲いかかる。
一頻り唸った後、大きく息を吐いてタワーへの帰路につくことを決心した。目的地に向かって歩くのは、当て所もなく歩くのとは違う。歩き始めてから程なくしてマリオンはセクター部屋の目の前に到着していた。
「(そもそも、こんなのボクが気にしなければ良いことなんだ。いつも通りにしていれば、何も問題は、ない)」
そう心の中で呟いて、部屋へと足を一歩踏み出す。
聞き慣れた音とともに開けた視界。
わずかに漂う食事の匂い。
かちゃかちゃとこすれ合う食器の音。
テーブルの上には豪勢な食事が広げられており、その中央には綺麗な形を保ったホールケーキが鎮座していた。
「え……」
余りにも異様な光景にマリオンは棒立ちになってしまう。
この状態は何だろうか。
チームで何かの記念日でもあったのかと思い出そうとするが、そもそもこのチーム自体が何かを祝うような性質を持っていないことに気がついて止めた。
「マリオン! 良かった、帰ってきてくれたんだな」
「おい、一体これは何だ」
「おや。記憶力に自信があるというのに、忘れてしまったのですか?」
マリオンの姿にほっと息を吐くガストに現状について問いただす。しかし返ってきたのはヴィクターの言葉で。
「はぁ? 何のことだ」
「まぁ厳密に言えば明日のことですし、思い出せないというもの無理はありませんが」
「なに意味の分からないことを――」
ヴィクターとのやりとりに苛々としていたマリオンだったが、彼の「明日」という一言によって言葉が止まる。
明日と自分に繋がる『何か』といったら1つしかない。
ただ、それが彼らにとって何の意味があるのかが一向に理解出来なくて。
「明日は、マリオンの誕生日だろう? だから、こうして準備をしたんだ」
「レン……。だが、どうしてこんなことを」
「ノヴァ博士に頼まれたのがきっかけだった。マリオンの誕生日を祝ってやって欲しい、と」
「ノヴァの仕業か……」
レンから告げられた家族の名前に息が漏れる。彼はいったい自分を何歳だと思っているのだろうか。そもそもマリオンは、ノヴァや家族からのお祝いがあればそれで十分だと何度も言っているのに。
ノヴァからの『お願い』は、彼自身が最近多忙であることが関係しているのだろう。それでも、この研修チームを巻き込むとは思っていなかった。ノヴァに振り回されてしまったルーキーたちに対して、マリオンは何だか申し訳ないような気分になる。
「でも、それだけじゃない。それだけじゃ、なくて……」
「……?」
「――俺も祝いたいって思ったから。だから、これはノヴァ博士に言われたからやってるわけじゃない」
「レン……」
その小さく告げられた本心に何と言葉を返せば良いのかが分からず、ただ彼の名前を呟く。
瑠璃色の瞳は真っ直ぐこちらを向けられていて、彼なりの想いがあるのだということをこれ以上ない程に伝わってきた。
「サプライズにするつもりは、無かった。けど、あの時ガストが妙に誤魔化そうとするから」
「いや、その件については悪かったって……」
マリオンの調子を狂わせたあの言動は、どうやらガストの独断専行だったようだ。じとりと責めるようなレンの視線がガストに突き刺さる。彼は本当に悪いと思っているらしく、ばつが悪そうに頭を掻いた。
「ホールケーキは流石に時間が足りなくて、店で買ってきたものだけど。マリオンも行きつけの店だから、味は間違いないぜ」
そう言われてみれば、このケーキには見覚えがある。よく見るとそこには見慣れないチョコのプレートが置かれていた。そのプレートににはホワイトチョコレートで文字が書かれている。
『Happy Birthday』
『Marion.Blythe』
その文字を認識した瞬間、発作でもないのに全身がかっと熱くなるような感覚を覚えた。
「オマエ、よくこんな恥ずかしい真似が出来たな……」
このサービスは別段珍しいものではない。
――ただこのサービスを付けるためには、誕生日用であることと、相手の名前を告げる必要があるというだけで。
「えっ何が? 前日なのに祝いすぎだってことか?」
「そういう意味じゃない」
どこか的を外れたガストの言葉に溜め息が漏れる。この人物に何を言っても元の思考が直せないということは、腹立たしいことによく理解していた。
それに――この身体の熱さは羞恥だけではない。それが分かっていたからこそ、この話を深く掘り下げるような真似はしたくなかった。
「よく分かんねぇけど、ちょうど準備が終わったところなんだ。マリオンも、一緒に食おうぜ」
「あ、あぁ……」
不思議そうに首を傾げたガストだったが、椅子を下げてマリオンを食事の席に誘う。
この状況について詳細な説明を求めようと思っていたのに、場の雰囲気に流されてしまった。思ったことを言葉にすることが出来ないまま、マリオンは席に着く。
「(まぁ、食べ物に罪はないからな……)」
そう言い訳のような何かを心の中で呟いて、マリオンは出された料理を口へと運ぶ。
「(美味しい……)」
ガストの言葉から察するに、この料理は手作りなのだろう。リビングで誰かと食事を取ることはあるが、食べるものは個人個人で作っていたり買ってきたりすることが多い。チーム4人揃って食事をすることなど皆無といっても過言ではないだろう。
静かに食事が開始される。
そもそも日常の会話が少ないチームだ。時折ガストが所在なさげに視線を彷徨わせているが、それもよく見る光景だった。
「――マリオンは、明日の朝に予定はありますか」
その静寂を破ったのは、珍しくもヴィクターで。
「は? なんでそんなことを訊くんだ」
「ほんの少し、私たちと共に夜更かしをして頂きたいと思いまして」
「夜更かし……? 何か企んでるんじゃないだろうな」
彼にしてはやけに遠回りな物言いをする様子に、訝しげな視線を送る。
「考えがあることは否定しませんが、貴方にとって悪いことではないですよ」
「どうだか……」
マリオンの疑念に対して、ヴィクターは微笑を浮かべた。どうやらそれ以上話すつもりはないらしい。
彼は飄々とした態度を取りながらも、こちらを混乱させたり手玉に取ったりする行動を取ることが多い。そんな彼のせいでこちらが何回煮え湯を飲まされる事態になったことか。数えたくもないが、両手両足の指を使っても足りないことは確かだろう。
「まぁ今日の分の礼として……付き合ってやらないことも、ない」
ヴィクターの「私たち」という言葉からして、今この場いるルーキーたちも1枚噛んでいることなのだろう。ヴィクターと2人でだとすると警戒しなければならないが、ルーキーたちがいるのなら、大したことではないと推測できる。
それに――ヴィクター含め彼らにはこの場を作ってくれた礼がある。それならば、少しくらい提案に乗っても良い。そう思ったのだ。
夜更かしをする、という意味はよく分からないが、大方ガスト辺りが「チームのみんなで仲良し小好ししたい」とでも言い出したのだろう。実際、こういう機会でも無ければチーム全員でリビングに滞在する時間は殆どない。
「それは良かったです。では、食事を再開しましょうか」
「あぁ」
マリオンの返答に、ヴィクターは表情1つ変えることなく会話を終了させた。「良かった」というからには笑みの1つでも浮かべれば良いのにと内心悪態を吐いたものの、ヴィクターがにこにことしている表情を想像したところ、何ともいえない悪寒に襲われたため撤回する。
こんなことを考えては折角の食事が不味くなってしまう。
手にしたフォークを口に運び始めれば、リビングには再び食器の音だけが響き始めて。
「……え? 会話それだけか??」
暫くしてそう呟いたガストの声に答える者は、誰もいなかった。
◇◇◇
時は過ぎ、食事を終え片付けを行ったリビングにて。
「――どうしてボクとレンばかりが負けるんだ!!」
「それは、貴方たちが顔に出すからですよ」
「出してない!!」
マリオンの声と、感情を抑えきれず叩いたテーブルの固い音が響き渡る。
叩かれた机の上に散らばっているのは、赤と黒のコントラストが特徴的なカードたち。
「これが一番公平なトランプゲームかと思ったのですが……」
「どこが公平だ!」
ヴィクターが提案した『夜更かし』の方法は、トランプゲームだった。
これは小さい頃からノヴァやヴィクターと遊んでいた道具であり、マリオンとしても特に異論なく受け入れた――ところまでは良かったのだが。
「Concentration(神経衰弱)やPresident(大富豪)だと記憶力の高いマリオンが有利になってしまいますので。比較的運要素の強いOld Maid(ババ抜き)を選択したのですよ」
そう。4人で行っていたのはOld Maid(ババ抜き)だった。
確かにこれは運要素の強いゲームかもしれない。しかし、勝率が偏っていることは紛れもない事実だ。それにその原因が分かっているだけあって、マリオンはヴィクターから告げられた理屈に対して、納得がいかなかった。
「オマエとガストばっかり勝ってるじゃないか! 不公平だ!」
「そんなこと言ったってよ。ここまでお前らが分かりやすいし運も悪いとは思わなかったっつーか……」
ヴィクターがこういったゲームに強いということは幼少の頃から知っていた。彼はジョーカーを引こうが何をしようが表情を変えることはない。それにも関わらずこちらの表情は明確に読み取ってカードを引いていくのだ。
ガストもガストだ。普段はあれほど感情が分かりやすいというのに、ゲームとなると何も読めなくなってしまう。それに加えて「お? そっちを選ぶのか?」などとこちらを惑わすような言動を行ったりするものだから、余計たちが悪い。
「俺は分かりやすくないし、運も悪くない」
「いやいや……あんだけマリオンと接戦繰り広げてて、それは無理あるだろ」
レンの物言いにガストが呆れ顔を浮かべる。
彼の言う通り、ゲームを開始すれば早々にガストとヴィクターの手札が無くなり、最終的にはマリオンとレンで最下位決定戦を行うというのがここ数回のゲームの行く末だった。
しかもこれが中々終わらない。毎回互いのジョーカーを引き合っていく光景を何度見たことか。これのどこが楽しいのか小一時間ほど問い詰めてやりたいぐらいだった。
最初はどこかに勝機があると思っていたゲームも、ここまで負け続けると面白くない。
「こんなに負け続けるなんて、おかしい!! 他のゲームを――」
そう文句を口にした瞬間。
――部屋の中に破裂音が響き、辺りに火薬の匂いが充満した。
「っ!!」
咄嗟に反応した身体が、無意識に机から距離を取るように動く。
敵襲だろうか。
それにしては周囲がやけに静かだ。それに破裂音が響いたものの、窓ガラスには傷一つ付いていない。
そんな思考が瞬時に頭の中を駆け巡っていると、少し遅れて何かがひらひらと舞い落ちてきた。
思わず手に取ってみると、それは色とりどりの紙テープと紙片で。
「え……」
一体、今何が起こっているのだろうか。
現状を理解できず吐息のような声が漏らすことしか出来ないでいると、マリオンの目の前に立っていた3人が口を開いた。
「お誕生日おめでとうございます。マリオン」
1人は僅かに慈愛の籠もった眼差しで、
「マリオン、誕生日おめでとう!」
1人はまるで自分の事のように嬉しそうな笑みを浮かべて、
「誕生日、おめでとう。……マリオン」
1人は気恥ずかしそうに視線を彷徨わせながら。
――優しく、そして温かい言葉が、降り注ぐ。
「驚かせてしまって、すまない」
「俺もまさか、0時がこんなタイミングになるとは思わなかったっつーか……」
「『ヒーロー』としては正しい判断だと言えますね」
彼らの手に握られていたのは、派手な色をしたクラッカー。
時刻を確認するとちょうど日付を越え、マリオンの誕生日となった瞬間であったことが確認できた。
「そ、そうだ! パンケーキでも焼くか? ジャックから作り方教わったんだ」
「もう夜中だぞ……。まだ甘いものを食うつもりか」
「シロップをかけなければ甘くはないでしょう。それとも、私が細工をして甘みの少ないものへと変化させてあげましょうか。ちょうどここに――」
「断固拒否する」
「おや、それは残念です」
マリオンの無言をどう捉えたのか、ガストが焦ったように機嫌を取ろうとしてくる。その提案にレンが渋い顔をして、ヴィクターが本気かどうか判断のし辛い冗談を口にする。
そんな彼らの言動がどこか滑稽で――愛おしくて。
「……ふ、あははっ!」
漏れ出た感情が、笑いに変わる。
何が面白いという訳ではなかった。
それなのに、様々な感情が笑いとなって込み上げて来る。
「!?」
「マ、マリオン……!?」
ルーキーたちが驚いたように目を白黒させているのも何だか可笑しく感じて、更に笑みが零れてしまう。
こんなに笑ったのは一体いつぶりになるのだろうか。
心がぽかぽかと暖かい。何だかむず痒いような気持ちがずっと続いていて。
きっとこれは、自分の記憶に深く刻まれる出来事となるのだろう。
「(あぁ、この記憶が残るのは――悪くない)」
マリオンは目尻に溜まった涙を拭き取り、その瞳を細めた。