07 グレイ・リヴァース その言葉は、唐突だった。
「オマエは『ヒーロー』のグッズを集めるのが趣味なのか」
「えっ? どうしてそれを……」
マリオンの問いに驚いた人物――グレイ・リヴァースは、戸惑うように言葉を返す。質問を返されたマリオンはふいと視線を逸らすといつもより少し固い声でその問いに答えた。
「……風の噂で聞いたんだ。隠していたことだったか?」
「いえっ! それは全然……!!」
ぶんぶんと音が鳴りそうになる程にグレイは両手と首を左右に振る。それを見たマリオンは「そうか」と口にすると、話を続けた。
「『ヒーロー』のグッズが【HELIOS】で販売されていることは知っているが、それを手にしている人の話を聞いたことは無い。だから、オマエから話を聞こうと思ったんだが」
「グッズを手にしている人の話、ですか?」
言葉を復唱しながら首を僅かに傾げる彼に、マリオンはその相貌を崩すことなく頷く。
「あぁ。オマエはグッズをどう活用しているんだ」
「か、活用……って言われると、言葉に詰まっちゃうんだけど……。写真を撮ったり、します……」
「写真を?」
「えっと、こんな感じ、とか」
そう言うと、グレイは自分の端末をポケットから取り出した。画面を見て一瞬驚いたように目を丸くしたグレイだったが、マリオンが疑問に思うよりも先に画面を表示して見せる。その画像に写っていたのは、伝説の『ヒーロー』が能力を使用している場面を切り取ったかのようなポーズをしているフィギュアだった。光の具合や角度を調整して撮られたものらしく、一種の作品とも取れるような出来だ。
「へぇ……巧拙は分からないが、よく撮れているんじゃないのか」
「あ、ありがとうございます」
「こういう風に写真を撮るものなのか」
「確かに写真を撮る人も多いですけど……殆どが観賞用だと思います」
「観賞用?」
グレイの言葉に今度はマリオンが小首を傾げる。グレイは頬を緩ませると、その画面をそっと大事なものを抱えるように胸に寄せた。
「こういうフィギュアを見ていると『格好良いなぁ』と思うのは勿論なんですけど、元気を貰えたりするんです」
「へぇ……。オマエもそうなのか」
「はい、そうなんです! 例えばこの『ヒーロー』!! ヒーロースーツのクオリティがとにかく最高で、ポージングもとても良くて――」
早口で捲し立てながらスマホの画面を拡大したり縮小したりを繰り返していたグレイは、途中ではっと気がついたように肩を持ち上げる。
「って、ご、ごめんなさい!! ボクばっかり喋ってしまって……」
羞恥から顔を赤く染めたかと思えば、恐怖から顔を青く染めるグレイが、再びスマホを抱き寄せた。顔色を窺うようにそろりと向けられた瞳は細かく揺れている。しかし、マリオンはというと気分を害している様子は無かった。
「構わない。元々ボクが訊いたのが始まりだろう。つまり、フィギュアはオマエにとってそういう感情を覚えるものなのだな」
「あっ、でも最近は、ちょっと見る目が変わってしまったというか……」
「見る目が変わる?」
「は、はい……。勿論格好良いと思ったりとか元気が貰えたりはするんですけど……」
そこで言葉を途切れさせると、グレイは悩むように口を閉ざす。しかし「そこで止めるな」というマリオンの鋭い台詞によって、押し出されるように続きの言葉を口にした。
「――負けたくないなぁって。そう思うようになったんです」
「負けたくない……」
「あ、す、すみません! 何か大口叩いちゃってますよね……!」
「一々慌てるな」
自分ごときが恥ずかしい、と言わんばかりに慌てふためくグレイにマリオンが嘆息する。
「それに、そう思うのは、オマエが『ヒーロー』になったからだろ」
「え……」
マリオンの指摘に、俯いていたグレイが弾かれたように顔を上げる。
「他の『ヒーロー』に対して対抗意識を抱くのは、別段おかしなことではない」
「僕が、『ヒーロー』になったから……?」
「そうだ。オマエはもう『ヒーロー』に守られている一般市民ではないんだ。そういう心境の変化はあって当たり前だろう。なに今更しみじみと感じているんだ」
呆れたという表情をするマリオンだったが、グレイはというと頬を緩ませていて。
「ふふっ、ありがとうございます」
「何だ急に……」
「実は、端末を取り出した時にビリーくんからメッセージが来ているのが見えて」
「まさか……」
グレイの言葉にマリオンが表情を強ばらせる。グレイは持っていた端末を操作すると、メッセージ画面を彼に見せるように差し出した。
「僕とお話しするために、僕の好きなことを訊いてきてくれたんですね」
そこに映し出されていたのはビリーからのメッセージ。『さっきマリオンパイセンにグレイの好きなことについて訊かれたから答えたよ~! ちゃんと話せてるカナ?』という言葉を目にすると、マリオンは怒りを抑えるようにぷるぷると肩を震わせた。
「アイツ……口止めも一緒に要求しておくべきだったか」
そう呟く彼の言葉は、紛れもなく肯定を示している。マリオンはどこか所在なさげに瞳を彷徨わせた。
「……会話もなく終了するのは、この企画の趣旨に反する。ただそれだけの理由だ」
「そうだとしても、嬉しいです。それに、さっきマリオンさんが口にした言葉も」
グレイはその言葉を思い出すように目を閉じる。再び目蓋を開いたその瞳は嬉しそうに細められていて。
「僕にとってはすごく、すごく嬉しい言葉でした。――だから、ありがとうございます」