Your eyes closed夕食の時間からずっとスプラウト家の人々に歓待され続けたシャムスは、解放されてウィルの部屋に入ったときには少し疲れた様子をみせていた。
「ごめんね、疲れたよね。このベッドをつかって」
疲れ果てて焦点が定まらない様子のシャムスをウィルがベッドに誘導する。
力なく頷いたシャムスだが、すぐに顔を上げてウィルに問う。
「お前は、どこで寝るんだよ」
「同じベッドで寝るよ?」
当然のように、それ以外の選択肢はないとでもいうように、きっぱりとウィルは言いきった。
「……床で寝る」
「だめだよ、お客さんはベッド!」
「おわっ」
ベッドから距離を取ろうとしたシャムスを押し倒しながら、ウィルはベッドにダイブした。容赦なく降ってくる成人男性の2人ぶんの体重に、ベッドのスプリングが悲鳴をあげる。
「ふふふ」
シャムスの身体の上でウィルが楽しそうに笑う。
「おい……」
なにか言いたげなシャムスの唇に、ウィルはキスをした。
触れてすぐに離れるだけの軽いキスだ。
「今日は、しねぇからな……?」
ウィルの家族がいる場所でいつものような行為には及ばない、とシャムスが牽制する。
「うん、わかってるよ」
言いながら、ウィルはシャムスの身体の上に寝そべる。
シャムスの胸を枕にして。
「シャムスくんから俺の実家の匂いがする」
ウィルは楽しそうに笑って、貸した部屋着を着ているシャムスをぎゅうっと抱き締める。酒にでも酔っているかのように上機嫌だ。
「ほんとに、わかってんだろうな…?」
密着してくるウィルに呆れながらも、シャムスはウィルの髪に手を差し入れた。ウィルの耳の裏側から、輪郭を親指でなぞる。
ウィルがまたクスクスと笑う。
しばらく笑い続けたあとで、「不思議だな」とウィルが呟く。
「俺は小さい頃の記憶がほとんどこの部屋のベッドの上で、ベッドから離れられない自分が本当に嫌だったんだ」
「…………」
「自分の身体を思い通りに動かしてる人が羨ましくて、その勢いでヒーローに憧れて、ヒーローになって、シャムスくんと再会して……いまこうして俺の部屋のベッドでシャムスくんと一緒にいるのが不思議…っていうか、奇跡みたいに思えるよ」
黙って話を聞いていたシャムスが、ウィルの髪をクシャリと撫でる。
「諦めなくて、よかった」
シャムスの胸に耳を当てると、確かな鼓動を感じた。
いろいろあったけど、よかった。ほんとうに。
ウィルがいろんなことを思いかえしていると、シャムスが何かを呟いた。
「…………たな」
「ん?なにか言った?シャムスくん」
ウィルがシャムスの胸から顔をあげる。
シャムスは言葉を詰まらせて、困っているような表情を浮かべていた。
「あー……なんつーか」
シャムスはウィルから目を逸らして天井を見る。
そして、すごく言いにくそうに、どうにか言葉を絞りだす。
「………いや、その……がんばったな、って……」
思いがけない言葉に、ウィルは目を丸くした。
シャムスの顔が朱に染まっていく。
言うつもりではなかった言葉が、口から出てしまった、という感じで焦っているようにみえた。
そういうときの言葉って、だいたい心の底から来てるんだよな、とウィルは思う。
飾っていなくて、純粋で、何よりも信じられる。
だから、その言葉がとても嬉しかった。
嬉しい、という気持ちがウィルの中でじわじわとこみ上げてくる。
泣きそうなくらいに。
「ふふ……誉められちゃった」
ウィルはシャムスの肩に手を添えて、そのまま抱きついた。
頬と頬が触れる。
シャムスもそっとウィルの頭を抱き寄せた。
優しい手がウィルの髪を撫でる。
実家の洗濯物と混じりあったシャムスの匂いを吸い込んで、ウィルは満たされた気持ちになった。
思い通りに動かせない身体に悔しい思いをした幼い頃の記憶も、あれが出発点となって今に繋がっているのだと考えてみたら、とても大切なものだと思えてくる。
「俺、ヒーローになってほんとうによかった」
シャムスの耳元でウィルは囁く。
「大好きだよ、シャムスくん」
シャムスの温もりに触れて、優しい手を感じながら、ウィルは微睡むように目を閉じた。