仲間なんだから、見せて欲しいな「……と、いった演出を考えているんだ」
「いいんじゃないか?」
昼休みの神山高校の屋上で、僕と司くんは昼食を取りながら話しこんでいた。
話題は次のショーの演出について。
授業中に思いついたのだけれど、僕一人では出来そうに無かったので司くんに相談してみた。
寧々も誘ったんだけど、今日は部活関係で用があるみたいで断られてしまった。
「だがしかし、このシーンは……こほっ」
けほけほと司くんの口から咳が出る。
「大丈夫かい? 変な咳の仕方をしているよ?」
「あぁ、今日の体育は長距離走でな。走ってからちょっと喉がおかしい。まぁ明日には治るし、今日は練習がないのが救いだな」
なるほど、長距離走か。
今日の体育はサボって正解だったみたいだね。
「へぇ、今日は長距離だったのかい」
「あぁ……っておい、体育はAB合同だろう? どうしてお前は知らないんだ?」
「そりゃあその時間は屋上でこの演出を……おっとこれは先生には言わないでほしいな」
「お前なぁ……」
司くんの呆れたような声は、この手の話ではもうお決まりだ。
寧々以外にこういった反応をしてくれる友人は司くんくらい。
えむくんは学校が違うし、瑞希は……むしろこっち側だしね。
昼休みの終わりを告げるチャイムで立ち上がる。
「せめて午後の授業には出ろよ?」
「あぁ、演出の考えもまとまったし、そうするよ」
いつもだったら教室の前まで歩くのだけど、あいにく五限目は移動教室だ。
「あれ、見ないストラップがついてるね。羽の形かな?」
「あぁこれか? この前咲希がくれたんだ。キレイだから家の鍵につけている。って、ポケットからはみでてたのか。落としたらマズイし、バッグにしまうか」
そんなことを話しているうちに、廊下の曲がり角。
「それじゃあね、司くん」
「あぁ」
またね、そんなことを思いながら軽く微笑んで、僕は廊下の角を曲がった。
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「すみません……る、神代先輩いますか?」
放課後、バッグ片手に帰ろうとすると、教室の入口からか細く、聞き覚えのある声が聞こえた。
「わざわざ君が教室にくるなんてね。どうかしたのかい?」
寧々がいるところまで歩きながら聞く。
「それが……」
「類くんっ、わんだほーいっ!!」
寧々のうしろからグレーのセーラー服の少女が飛び出した。
「やぁ、えむくんじゃないか」
「まったく驚かないのさすがよね……」
うーん、もう他校の彼女がいるのに慣れたのかな?
「それにしても、どうしてえむくんがここに? 練習は今日休みだろう??」
「うん! だからね、みんなと帰りたかったの!!」
「そんな理由で神高まで来たわけ?」
そうだよっ! と元気に返事をするえむくんに寧々がため息をついた。
「それじゃご要望通り帰ろうか。『みんな』ということは司くんもいっしょかな?」
「あ、先に司の教室行ったんだけど、いなかったんだよね。委員会だかなんだかで」
「だからねっ、また司くんの教室に……」
「いや、先生に見つかるでしょ。玄関行ってそっちで待ってよ」
「了解したよ」
と、いうわけで、先生に見つからないように玄関まで移動。
玄関は夕日に照らされている上に、初夏の熱気と相まって暑い。
寧々も脱いだブレザーを畳み、両手に抱えている。
しばらくすると待ち人は現れた。
暑いのに黄色のカーディガンを着ている彼は僕たちを見て首を傾げる。
「あ、来た来た」
「む? 寧々と類か。何か用か……ってなぜここにえむもいる!!」
「えっへへー、いっしょに帰ろー!」
司くんにザックリとえむくんの話を説明すると、彼も寧々のようにため息をついた。
「まったく、そういう時はせめて連絡しろ」
「え? ツッコむとこそこじゃなくない?? 他校に来てるとこでしょ普通」
「だって、学校帰りが一緒のことってなかなかないんだもん! みんなと寄り道しながら帰ってみたかったんだー!!」
「と、いうことはどこかに寄ったりするのかい?」
「お、おい待て、オレは今日もう帰らないと……」
「司くん、ご用事あるの?」
「……まぁ、そんなところだ。えむには悪いが、オレはこのまま帰るぞ」
「それじゃ、あたしも一緒にこのまま帰ろーっと!」
「えっ?」
結局、えむくんはただ一緒に帰るだけになってしまったけれど、それでご満悦のようだった。
その方が、どこかで隠れて見ているきぐるみくんも安心だろうね。
そのあとはただただおしゃべりをしながら帰り道を歩いた。
彼の異変に気づいたのは、もうすぐで司くんの家、というところだった。
―――――――――――――――――――――――
「あ、そうだ。この前テレビでやってたミュージカル映画見た?」
「あたし寧々ちゃんに教えてもらったから見たよ! ブワワワーって、キラキラーってしてて面白かった!!」
「あの海でのシーンには心惹かれるものがあったねぇ。ぜひワンダーステージでも再現してみたいところだ。司くんも、あれは見ただろう?」
そう言って、司くんのいた右隣を向いたが、そこには誰もいない。
僕ら三人そろって後ろを向くと、数歩後ろで司くんはしゃがみこんでいた。
「司くん?」
「……ん、あぁ、すまない。ちょっと靴紐がな……」
「靴紐って、あんたローファーじゃん」
「あっ……」
バツが悪そうに上げた司くんの顔が赤い。
でもそれは、夕日の照り返しの赤みでもなく、嘘を見抜かれた恥ずかしさからくるものでもないように見える。
「司くん、顔赤いよ? 大丈夫??」
「そ、それは夕日で赤く見えるだけだろう? こちらから見たら、えむだって赤くなっ……え?」
気づけば寧々が無言で司くんの前に仁王立ちしている。
「……寧々?」
「えむ、司逃げないよう押さえてて」
寧々はこちらを振り向かずに言った。
「ラジャー!」
「え、お、おい!!」
後ろから肩をしっかりと掴むえむくんを乱暴に振り払うことも出来ず、うろたえる司くんの額に寧々の手が触れた。
「……あっつい」
寧々が顔を顰める。
と、いうことは。
「司、あんた絶対具合い悪いでしょ。顔真っ赤だし、熱あるよ」
司くんが固まる。
「司くん、朝から具合い悪かったの……?」
えむくんの質問に、司くんはブンブンと手を振って否定した。
「ち、違う! 朝測ったときは平熱の範疇だったから……!」
「ってことは、熱をはかろうと思うくらいには朝から具合悪かったんだね?」
「んぐっ……」
その無言は肯定の意だ。
僕ははぁっと息をついた。
そう言われると、思い当たる節が無いわけでもない。
「あの変な咳は長距離走じゃなくて風邪だったのかい? それならそうと言って……」
「え? 司今日長距離だったの? わたし今日音楽あって、窓からグラウンド見えたんだけど、司、普通に走ってたわよ?」
「は?」
寧々の言葉に、僕、寧々、えむくんのじっとりとした視線が司くんに集まる。
「……つーかーさーくん?」
「い、いやそれはだな! 授業にはやっぱりちゃんと参加しないと……!」
「つまり、なに? 司あんた熱あるのに長距離走ったの!? バッカじゃない!?」
「うぅ……」
寧々の糾弾に、司くんは返す言葉もないようだった。
「ば、バレてしまっては仕方ないな! と言うわけでオレは家に帰って休む! 明日の練習までには治すか……けほっこほっ」
「あーあーもう無理しないで。いきなりデカい声出さない」
「す、すまん」
今まで咳を我慢していたようで、なかなか咳が止まらない彼の周りに僕らもしゃがみこみ、えむくんは優しく司くんの背をさすっていた。
僕も彼の額を触ってみたが、かなり熱い。
いったいいつから我慢していたんだか。
「も、もう大丈夫、だから、そろそろ行かないと……」
まだ少し声が掠れている司くんが立ち上がり、僕たちも、と立ち上がりかけた時だった。
夕日を前にした彼の身体が、グラリとかしいだ。
「司っ!?」
すんでのところで彼が倒れた方に立っていた寧々が彼の背を受けとめる。
寧々の呼びかけに返事はなく、ぐったりとした司くんの首すじには汗が浮いている。
「だ、だだだだ大丈夫? 救急車呼ぶ??」
「これは……マズイね、いやでもここからなら司くんの家の方が近い」
幸いにも、司くんの家は前にみんなで打ち合わせのために行ったことがあるので道は覚えている。
「えむくん、先に行って司くんのご両親か咲希くんに事情を説明してきてくれないかい?」
「わかった!」
えむくんが走り出すのを見てから、僕は司くんをおぶって立ち上がった。
意識がない人間は思っていたより思いけれど、寧々に背負わせるわけにもいかない。
司くんの家まであと少しなのが幸運かな。
そんなことを考えながら司くんに負担にならない程度に走る。
「……っ」
「えっ、司なんか言った?」
僕の横を走る寧々が何かを聞き取ったらしい。
「大丈夫……大丈夫だから」
か細いが、はっきりと聞こえた。
「一人でも……大丈夫だから」
その声はただ熱に浮かされているだけのようにも聞こえたが、なぜだか僕の不安を掻き立てた。
それは寧々も同じだったようで、顔をしかめている。
「なにが大丈夫よ、どことっても大丈夫じゃないじゃない」