トラウマ もう一組、意外な客人が現れた日があった。
ようやく体を起こせるようになったぐらいには回復し、抜糸まであと数日だろうと言われたある日。
放課後の時間には誰かしらやってくるのがお決まりになっていて、その日はえむも寧々も類も揃ってオレの元へと来ていた。
あまり長時間居ては負担になるからと、いつもは一時間弱で帰ってしまっていた。が、今日は違った。
「ごめん司くん! 今日ちょっと長めにいてもいーい?」
「構わんが……どうした?」
「今ちょっとお兄ちゃんたちが……あっ、ちょっと待ってて!」
スマホを見たえむは、ぱたぱたと廊下を駆けて行ってしまった。
「……お兄ちゃんたちって言ってたよね、えむくん」
「あ、もしかして」
寧々がぽつりと呟くと、足音が近づいてくる。
「たっだいまー!」
「おいコラえむ! 病院の廊下走るんじゃねぇ!」
「晶介も、あまり大声をだすなよ」
現れたのは、先程出ていったえむ。
それに数秒遅れてえむより頭一つ分は背が高いのではないかと思う男性二人が現れた。
「「「慶介さんと晶介さん!?」」」
オレたち三人揃って意外な来客に声を上げる。
「うん、思っていたより元気そうだな。よかった」
「回復はぇーなぁ。えむ、これ見舞いに持ってきたケーキだから、冷蔵庫にしまっとけ」
「えっ! ケーキ!? あたしも食べていい!?」
「怪我人優先だ! 一応四つ入ってるから天馬本人に聞いてからにしろ、今はしまえ」
怪我が人に刺されたという特殊なものだからだろう、オレのいる病室は個室で、小さいが冷蔵庫とテレビが置いてあった。……まあほとんど使ってないが。
えむと晶介さんが話している間に、寧々は丸いすを二つ出し、それにそれぞれ座る形となった。
「えっと……どうして二人が……?」
「お前が目ぇ覚ましてから事件のあらましについて聞いてないことに気づいてな。それと礼しに来た」
「礼?」
オレが聞き返すと、慶介さんがあぁ、と頷き、オレに向き直った。
「あの男……君を刺した男は私たち鳳家の人間を逆恨みした人物だったんだ。なのに、関係ない君を巻き込んでしまってすまない。それと──えむを助けてくれてありがとう」
それを聞いたオレは目を丸くした。
まさか謝られるなんて思ってなかったからだ。
「司くん、あたしからもごめんね」
兄二人より近くに座っていたえむも頭を下げる。
オレはそんなえむの頭を、ポンと撫でた。
驚いて不思議な顔をしたえむに笑いかける。
「謝らないでくれ、オレはただ、座長として仲間であるお前を守っただけ、当然のことをしたまでだ! お前が傷つくのに比べたら、これくらいなんてことない! もちろん寧々も類もだからな!!」
黙って話を聞いていた寧々と類にも笑いかける。
「だからってまた同じようなことしないでよね」
「まぁ気持ちは分かるけどね、無茶はしないで欲しいな」
む、何故か怒られてしまった。
「司くーーーん! ありがとーーーー!!」
「わっ、抱きつくなえむ! まだ全快したわけじゃ……! いっ、た……」
「あっ、ごごごごめんなさい!!」
「……不審者に刺された人間とは思えないな」
「まぁ、いいんじゃないか? えむたちらしくて」
呆れたようにこぼす晶介さんと微笑む慶介さんを視界の端に捉えながらえむを引き剥がす。
そのときに腕がベッド横の棚のような物にあたり、その上にのせていたテレビのリモコンが落ちて電源がついてしまったようで、テレビにニュースが映し出された。
「……ところで、あの男ってどうなったんですか? 着ぐるみくんたちが取り押さえていたところまでは見たのですが」
「あぁ、アイツならちゃんと警察に引き渡したぞ。……ウワサをすればそのニュースだな」
晶介さんの目線を辿ると、さきほどついてしまったテレビに映し出されたニュースには、一台の走り去っていく警察車両。
『テーマパーク内でキャストが刺され重傷』のテロップが端に表示されている。
そういえば、全国ニュースになっていたと青龍院が言っていたっけ。
オレは重傷だったのか。
「フェニランのほうに損害とかは……」
「そこもあまり心配しなくていい。メディアが犯人の動機まで報道していたからな、完全に逆恨みだったことが周知の事実になったから批判めいたものはほとんどない。被害者が未成年だからということでフェニックスワンダーランドの名前は出ていないしな。危険物持ち込みのチェックはもう少ししっかりしないといけないことになるが」
寧々の質問に慶介さんが答える。
その時、テレビ画面に一人の男の顔写真が映し出された。
それを見たその場の全員が顔を顰める。
『容疑者は32歳男性、自称無職の──容疑者で、』
オレを刺した張本人だったからだ。
「チッ、テレビ消すぞ! あんなやつもう見たくもねぇ」
「司くん、さっきその辺にリモコン落ちたと思うんだけどそこから見えないか……司くん?」
類の言葉で視線が一斉にオレの元へ集まるのがわかった。
でもオレは──それに反応出来る状態じゃなかった。
「っは、はぁっ、はっ、いっ……」
「司くん!?」
オレは上手く呼吸出来なくなった体を抱え込んだ。
あの男の写真を見ただけなのに、呼吸がままならなくなって、傷口がジクジクと痛み始める。
「天馬! おい聞こえてるか!?」
聞こえていると返事がしたい。
なのに意思に反して体はどんどん身体を丸め込むばかりで口を開く余裕はなかった。
「つ、司くん大丈夫!?」
痛む傷口を押えこんでは、また傷口が圧迫されて痛むだけなのに、押さえこまないとより痛い。
「えむ! リモコン足元だ、直ぐにテレビ消せ!! 草薙さんはナースコールを!!」
「あっ、はい!」
寧々がオレの後ろに回ったのが見えた。
ゴツゴツした大きな手が俺の背を撫でる。
「落ち着け、大丈夫だから。怪我したとこ押すな。傷口開いちまうから、息吸って、吐くんだ」
ああ多分晶介さんの方だ。
その手は安心する、ありがたい、でも、その時のオレにはほとんど声が聞こえていなかった。
そして一際強く傷口を押してしまう。
それと同時に『プツリ』と、何かが切れる音がした。
そしてワンテンポ遅れてじわりと赤が滲み出す。
「……っば、ダメだそれ以上触るなそこに!!」
「えむくんそこの棚! 中にタオル入ってるはず!!」
周りで声が聞こえる。聞こえるはずだ。聞こえる。はずなのに。
どんどん聴覚にも視界にももやがかかって、何も認識出来なくなっていく。
そして類の慌てた顔とえむの半泣きの顔、寧々が急いで病室を出ていくのを見た最後に、オレの意識はプツリと切れた。