それから二日して、隣国の兵は撤退していった。
一応、僕たちの勝利。
こちら側の死傷者は少なく、あれだけの大規模な戦闘があったとは思えない結果となった。
でも、少ないだけで死傷者はゼロではない。
ツカサくんだって、その一人だ。
「ツカサくん……動けるかい?」
「っあぁ、なんとか、な」
真っ赤な顔と虚ろげなのにしっかりこちらを見ている瞳で返事をする彼。
幸い銃創から脚が壊疽することはなかったけど、傷が元で彼は熱にうなされていた。
その熱は二日たった今も引いていない。
それでも今日はもう、砦に戻らなきゃいけないから、彼を傷病者用の馬車の荷台に案内するため彼の左腕を肩に回して立ち上がる。
「……う゛ぐっ」
「ごめん、痛かったかい?」
呻いた彼に問いかける。
「だ、いじょうぶ、だ」
「大人しく担架使わせてもらえば良かったのに」
「オレ、より酷い傷の奴が、いるんだ。優先すべきは、そっち、だろう……?」
「……君だって十分酷いんだよ」
僕のひとりごとはツカサくんの荒い息にかき消されてしまった。
傷病者用テントが張ってある区域の一番外側。
まだ数人しか乗り込んでいない馬車の荷台に毛布を敷いて彼を寝かせる。
しかし寝かされた二秒後、彼はゆっくりと上体を起こし、荷台の壁に背をもたれ、足を投げ出すような格好になった。
「っちょ、司くん、それじゃ辛くないかい?」
「脚は痛くないから、平気だ。それに、まだまだ、ここに乗り込んで来るやつは、多いだろうから」
そう言って笑ってみせる。
確かに脚は痛くないかもしれないけれど、彼はまだ高熱を出している状態だ。
それに『辛い』ことを否定していない。
でも、この笑い方はもうこっちの言うことを聞いてくれない顔だ。
彼は変なところで強情だから。
「……はぁ、わかったよ。ただし、具合悪くなったらすぐ横になるか僕に言ってね?」
「どうして、ルイに? お前持ち場あるだろう?」
「それがねぇ、人員整理で帰還の間だけ、傷病兵の護衛になったのさ。たぶん、誰かが気を利かせてくれたんだろうねぇ」
気を利かせた、のは僕のためじゃない。
きっとツカサくんの為だ。
誰かがツカサくんのことを見ていないと、きっと彼は何かしら無茶をする。
ツカサくんは士官としては若いから、知らない人はそんなに階級が高いと思わないだろうし、そうなると他の人の為に身を削ることを厭わない彼を止める人がいなくなる。
「……ようするに、見張りじゃないか」
「その自覚があるなら、大人しくしてて下さいよ。ツカサ少佐」
おどけて返すと、彼はむくれて目を閉じた。
ちょっとずつ他の傷病兵が運ばれてきて、荷台の上が人でいっぱいになった頃、馬車は動き出した。
国境から砦は、高々十数キロだ。
少しキツいが一般兵は歩く。
僕もずっとゆっくり動く馬車に並んで歩いてきたんだけど、もう砦が見えてきた辺りでふと誰かに肩を叩かれた。
叩かれた方を見ると、荷台にいる頭に包帯を巻いた男性が難しい顔をしていた。
「なぁ、お前さんこの金髪の兄ちゃんの知り合いなんだろ? さっきから様子がおかしいんだが……」
言われてツカサくんの方を見ると、寝ているらしい彼は呻いていた。
「……っ! ツカサくん!? 大丈夫かいツカサくん!!」
肩を揺すろうとして驚いた。
熱い。
少し背伸びして荷台の上の彼の額に触れる。
それは、ここ二日間でも感じたことの無い熱さだった。
急いで後ろについていた衛生兵達へ報告。
砦につくと彼はいのいちばんに砦内へ運ばれて行った。
それから5日間、彼の姿を砦内で見ることは無かった。