それはいきなり知らされる「あっちょっ、類!?」
ぷつりと幼なじみからの電話が切れる。それも救急車を呼ぶためという酷く不穏な理由で。しばらく呆然としてしまったけれど、とりあえずえむと咲希さんに連絡とらないと……。
『寧々ちゃんっ!』
電話をかけてからえむが出るまでは早かった。
「えむ、司なんだけど……」
類が司を見つけたこと、どうやら怪我して倒れてるらしいこと、類が救急車を呼んだことを説明した。
「たぶん病院ついたらどこか連絡くれると思うから……」
『寧々ちゃん、今お家?』
「えっ、そうだけど……」
急に冷静になったえむの声に戸惑いながら返事をする。
『じゃあ、寧々ちゃん、ちょっとお家で待ってて、迎えに行くから』
「はっ? 迎えに行くって?? あっ、ちょっとえむ!?」
わたしが聞き返すより早く、えむは電話を切ってしまった。迎えに行くって言われても今はもう夜の九時過ぎだ。普通は人を訪ねようとは思わない時間だけど……。
少し考えてから、部屋着から外に出れる格好に着替えておくことにした。
そして電話から十分弱、家のチャイムが鳴って本当にえむが現れた。なぜかお兄さん二人と咲希さんと一緒に。お母さんはえむのお兄さん二人に何か聞かされた後、わたしにえむと一緒に行く許可を出してくれたけど、わたしに状況はなんにも伝わらない。あれよあれよと車に乗せられ、ようやく状況を質問できたのは車が発進してからだ。
「ち、ちょっと、展開早すぎてついていけてないんだけど!」
左には心配そうな顔の咲希さん。右にはえむが座っている。
「司くんが救急車で病院に運ばれたからその病院にいくんだよ!」
「普通それわたし連れてかないでしょ!?」
「いや、ちょっと草薙さんの安全も気になったものだから」
話を遮ったのは運転席の慶介さんだ。そういえば、なんでこの人たちもいるんだろ。
「草薙、ちょっとこれ見てくれ。……あまり気持ちのいいものじゃねぇから、それがどういう意味かわかったら見るのやめていい」
そう言って助手席の晶介さんがわたしにスマホを手渡した。
画面に映し出されてるのはSNSに投稿されたとある動画。建物の壁を背にして立つ青年を数人が……『いじめている』じゃ生ぬるい。一方的に殴りつけたりして暴力をふるっていた。テレビのニュースで同じようなものをモザイク付きで見た事がある。あれはいじめがバレて大問題になっていたっけ。
これだけでも気持ちのいいものでは無いのに、さらにこの動画には衝撃的なものが映っていた。
「……これ、司……!?」
一方的に暴力をふるわれている青年は、加工がかかって顔はぼやけている。でも、いつも見る髪にレモン色のカーディガン、神高の制服と、わたしたちの座長、天馬司その人だった。
殴られているのが司だと認識した途端、寒気がして動画を止めてしまう。
「これ……どういう……」
「フェニランの社員が本当に偶然この動画を見つけたんだ。彼はあのマイルスとシャオのショーで有名だからな、すぐにマイルス役の人間だと気づいて教えてくれたんだ」
「その動画、続きを見ると天馬に、抵抗するなら他のワンダーステージのメンバーにも危害を加えると脅してるんだ。それを天馬が止めてあの状態らしい。この時間で家にいるなら大丈夫だろうと思ったが念のため、な」
さらに背筋が凍る。自分がこんなのの標的にされかけていたなんて。
「えむから天馬を神代が見つけた話は聞いた。多分連絡行くだろうから妹さんにも来てもらった。それで今は搬送先の病院目指してる」
「えっ、でも、まだどこの病院に運ばれたか類から聞いてな、」
「救急外来やってるのはこの辺だと神山第一病院だけなんだ。そこに向かってる」
すると、タイミング良くわたしのスマホが音を立てた。もちろん相手は類だ。
スピーカーモードにして素早く出る。
「類っ!! 今どこの病院!?」
食い気味に聞くと、一瞬後に返答が帰ってくる。
『か、神山第一病院だよ。とりあえず今は司くんの容態も落ち着いてる』
その言葉に張り詰めていた車内の空気が少し緩んだ。
「……あの、るいさん」
続いて口を開いたのはここまで一言も話していなかった咲希さんだ。声が震えている。
『……その声は咲希くんかい? どうして、』
「いま、えむちゃんのお兄さんの車に乗せてもらってるんです。それで病院に向かってる途中で」
『慶介さんと晶介さんが?』
「あぁそうだ、えむも一緒に向かっている。理由は後で落ち着いて話そう」
「それで? 天馬の容態ってどうだったんだ?」
晶介さんの質問は恐らくここにいる全員が気になっている事だ。
『寧々から聞いているかもしれませんが、明らかに他人に傷つけられた外傷がいくつか。でも、それより長時間外にいた事による低体温の方が酷いみたいで……今は処置室で治療中です』
「くそっ、思ってたより重症だな」
「類くん! あと五分くらいで着くから! それまで待ってて!!」
電話が切れてから病院につくまで、車内で一言も話す者はいなかった。