砦 これは、とある友人の話だ。
もう……そうだな、五年は経つかもしれない。
僕が職業軍人として、王都ではなく国境付近に住んでいた半年の話だ。
長くなるだろうけど、最後まで読んでくれるとありがたいし、こんな人物がいたと知って貰えたら僕は嬉しい。
――――――――――――――――――――――
鬱蒼と茂る森の中を僕たちは無言で歩いていた。
王都を出発して約半月、山を五つほど超えた先にある国境付近を目指して。
出発から数日は会話に花を咲かせていた事もあったが、全員もうテントにぎゅうぎゅうになって眠る夜なんてうんざりだったから、とにかく目的地に向かって歩くことに専念していた。
中継地点の二つの街も通り過ぎた。
予定では明日明後日で森を抜け、目的地に着く予定だが、初めて訪れる場所だ、あとどれぐらいかなんて縮尺の大きな地図からは分からない。
馬は士官しか使えないし、馬車の荷台は僕たち人間より銃器や糧食優先だ。
さすがに精神的にも疲れてきて、もしここで僕の横にある荷台の火薬が全て爆発したらどうなるんだろう、と至極物騒なことを考え始めたとき、前方の空気が微かに揺らいだ。
その揺らぎはじわじわとこちらへ伝わってくる。
そして、その揺らぎは遂に声として形になった。
『森を抜けたぞ!!』
そしてその声に歓声が上がり、また後ろへ伝わっていく。
僕は歓声、と言うより、安堵の息をついた。
しかし、その歓声は長続きしない。
すぐに萎んで、歩みが早くなるだけだ。
歩みが早くなるのは、早く屋根の元で眠る生活に戻りたいから。
歓声が萎むのは、目的地に着くということがどういうことかわかっているから。
僕たちが目指す目的地は比喩でもなんでもない、文字通り『戦場』だからだ。
僕らはこれから、戦いに出る。
たどり着いた国境付近の街は、街と言うより砦だった。
石レンガで作られた壁に囲まれた市街は思っていたより発展していた。
けれども、僕らはその街を真っ直ぐ横切り通り過ぎる。
壁を抜けてさらに少し歩く。
するとさっきの壁とは桁違いの大きさの黒っぽい石レンガがそびえ立つ。
こちらが正真正銘の砦、国の末端に位置し、国境の防衛を担う砦だった。
「王都からはるばるご苦労!」
偉そうに叫ぶおじさんは、どうやらこの砦内のトップのようだった。
なにやら有難いお話を並び立てていたようだったが、正直一欠片も覚えていない。
代わりに、この砦の規模でも記しておこうか。
国境から数キロ離れた所にあるこの砦が、実質的な国土の終わりを示す。
国境線から同じだけ離れた所に隣国の砦があるらしいが、僕らの方から攻め入ることはまず無いから、どうなっているのか真偽を僕は知らない。
師団二つが常に駐在してして、トップの位置には中将が。
今の中将は貴族出身らしいが、他の士官に貴族出身はほとんどいない。
血の気が多い隣国がしょっちゅう攻めてくるから突発的な戦闘が多く、この砦に入ってそのまま帰ってこない者も出る。
でも、戦闘が多いってことは戦果を挙げやすいってことでもあって、王都の次に実力者が多い基地でもある。
外面だけ何とかするために入隊する貴族出身者が居ないだけ、王都よりひょっとしたらましかもしれない。
そんな中派遣された僕らは大体駐在している師団の半分くらい。
その中で僕は特技兵として軍中にいた。
砦に着いてから一週間ほど、特に何事も起こらず、基本的には銃器等の整備のみをする毎日。
僕の仕事は主に、爆弾や不発弾の処理、それに機械系の整備だったから戦闘訓練はないし、それほどピリついた空気の中にいなかった。
だからかもしれない。
自分の感性に人とズレてるところがあるのは自覚していたけど、表立ってトラブルになることは無かった。
後にも先にも、あんなポカをやらかしたのはこのときだけだった。
整備士や、僕ら特技兵用に当てられた作業室のようなところで、僕は目の前の機械と格闘していた。
実を言うと、元々僕は軍に入る気なんてさらさら無かった。
どこかの工場で、機械をいじってそれがお金になって生計を立てられればと。
でも、親類に代々軍の家系の者がいて。
なにか特定の仕事を目指していないならと、あれよあれよという間に軍人に仕立てあげられた。
機械をいじっていられるからそこまで不満はなかったけど、たまに銃なんかじゃない物を自分で何かを作ってみたくなる時がある。
そんな時は余ったネジだとか、鉄板だとか、まぁ正直スクラップと言った方が正しいようなものをツギハギして適当に遊んでいた。
その時も、そうして物を作っていた。
「何をやっているんだ?」
不意にかかったその声に答える余裕はなかった。
花火のような物を作れないかと思って火薬を扱っていたんだ、神経を使う。
「花火さ、それも色がついた火花が飛ぶやつ」
声の主が誰かも確認しないで答えると、声はしばらく黙ってから聞いた。
「……火花に色が着くのか?」
「あぁ、簡単だよ。例えばナトリウム……塩をほんの少し混ぜただけでも色は変わる」
「塩!? 塩をそんなふうに使うのか!?」
「別に塩じゃなくたっていいけどね」
「たとえば?」
「……金属でも反応はする」
「ほう、それは興味深いな。それにしてもお前はなんで……」
質問攻めの声にイライラしてきて、つい声を荒らげてしまう。
「うるさいな! 火薬を扱っているんだ、もう少し静かに……え」
振り向いて愕然とした。
立っていたのは僕と同い年くらいだと思われる金髪の青年。
軍の中でよく見る黒の軍服に帽子、そして光る……士官であることを示すバッチ。
光景を見てから自分の置かれた窮地を認識するまで時間がかかった。
何を、何をやらかしたこの上司相手に!
勝手に余りを拝借した火薬、鉄板、塩。
初めから敬称なんて使っていない。
オマケに「うるさいな!」? 最悪だ。
絶望に打ちひしがれる僕にさらに追い討ちをかけたのは部屋に入ってきた同僚だ。
「ルイっ、お前が好きそうなもの手に入れたぞ! 壊れたモーター……ってツカサ少佐!?」
壊れたモーターは魅力的だが今はそこじゃない。
少佐? 少佐って言ったか今??
思ったより上の階級に卒倒しそうになる。
「あぁ、おじゃましている。ところでお前は『ルイ』と言うのか?」
「あ、あはい。特技兵曹長のルイです」
ふむ、とツカサ少佐は少し考え込むと、僕の肩を掴み、同僚に言った。
「済まないが君、少しルイ曹長を借りていくぞ?」
「え、あぁはい」
同僚が狼狽え気味に応えると、ツカサ少佐は満足そうに頷いて、僕の方を見て言った。
「と、言うわけで、少し付き合ってもらうぞ?」
僕は砦から生きて出られないことを覚悟した。