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    dentyuyade

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    dentyuyade

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    秋編。二人の出会いの話。

    正しい世界の見つめ方 秋夏が終わり秋になって、冷え込みの影響かお世話になっていた個人経営の塾が、先生の不調で休みになった。もともと高齢の体に鞭うって私に教えてくれていた人だったから、文句など言えるわけもなく、早く良くなることを祈るばかりだった。しかし、人一人の体調など一切考慮することなく世界も季節も回っていく。中学三年生の秋というのは俗にいう受験期であり、学力にそこまで不安はないとは言っても、やはり先生は申し訳なく思ったのか、律義にも代役を立ててくれるということになっていた。素人だから月謝は取らない。しかし非常に優秀な自分の孫だというので、てっきり二十代そこらの大学生でも来るのかと思っていた、のだが。
    「平山介山……くん、であってる?」
    「……そうですけど」
    「俺は片瀬。片瀬望。……あー、聞いてるだろうけど、勉強を教えに来ました」
    現れたのは明るい髪色で童顔の、ブレザー制服を着た青年。見るからに軽薄そうな容姿に浮かぶ戸惑った様子を見て私は即座に、ああこの人、絶対に合わないな、と決めつけた。人を見かけで判断してはいけません、というのは存外的を射た言葉である。

     
    「……失礼ですけど、お年は」
    「俺?」
    「他に誰がいるんですか」
    まあそれもそうだわな、と頷いた彼は非常にスムーズな動きで私の隣に座る。低い文机は先生が私のためにわざわざ蔵から持ち出してくれたもので、気に入っていただけにさらりとパーソナルスペースに押し入られてしまえばいい気持ちはしない。自習の名残で握っていたペンをかたりと置いて、じっとその顔を見つめる。やりにくそうに眼を泳がせながら「十六、だけど」ともごもごと返す彼に不信感は募るばかりだ。一個上なだけじゃないですか。ペンケースのファスナーを開けて散らかしていた中身を戻せば、それだけで私の意図は伝わったのか、彼は立ち上がって私の肩をつかんだ。
    「いや、教えれるから! 帰るにはまだ早いから!」
    「えぇ……だって、あんまり頭よさそうじゃない……」
    「失礼だなおまえ! もー……俺じゃなかったら殴られてるからな」
    開かれたままの数学のノートを、ほれ見せてみ、と机の上でスライドさせる。反射的にノートの端を抑える私にも、彼は「警戒心強すぎでしょ」と笑うだけだった。随分と気のいいというか、なんというか。こちらも毒気を抜かれるその能天気っぷりに力も抜けて、仕方なく手を上げて降伏のポーズをとった。よろしい、と頷いてノートに意識を向ける姿は、たしかに先生然としていなくもない。
    「これ、ここで頂点の座標出てんじゃんか」
    「……はい」
    「介山の好きなアルファベットなに?」
    「アルファベットに好きとかの概念あります?」
    しかもいきなり呼び捨てだし、と思いつつ私は適当にAと答える。面白味ないねぇと小馬鹿にしつつもまだ導出できていない数字を律義にAと置いてから、彼は私にいくつかの質問を連ねていった。その答えはどれも必要なピースだと、途中で気づかないほど私も鈍くはない。ここまでヒント出したらいける? そう首をかしげる彼に、私は不服ながらも頷くしかなかった。
    「どうよ、ちゃんとお前より賢いんだからな」
    「不本意ですけど認めざるを得ないですね」
    「おまえほんっとかわいくないな!」
    これからしばらくの付き合いなんだから、もうちょいお手柔らかに頼むわ。そう言って彼はお茶を汲みに席を立つ。突然一人取り残された私には、その部屋の再度が途端に下がったように思われて、孤独で寂れた空間から身を守るようにして一人膝を抱えた。しばらくの付き合い。先生の治療が、早くうまくいけばいいと心から思った。
    「片瀬、望さん」
    彼が隣にいることが当たり前になった時、きっと私の何かが変わってしまうのだと思うと、それがひどくそら恐ろしく感じられたから。

     
    「おまえ、どこの学校受けるとか決めてんの?」
    「それ、教える必要あります?」
    「いや学校ごとの傾向とかあるじゃん。いるだろ」
    いつここに来ても片瀬さんは先回ってここにいる。私が学校からいかに急いで帰っても、直接向かっても、彼はいつでものんびりと畳の上に足を延ばしていた。もしかしてめちゃくちゃ高校が近いのだろうか。不審に思って尋ねてみれば、タイミング故か「もしかして俺と一緒のとこ受けようとしてくれてる?」と笑われる。そういうのじゃないです。いくら雑に突き放しても、あまり本気で取り合ってはくれなかった。
    「俺の学校はー……なんて言ったらいいんだろ。あれよあれ、最近できた食パン屋の近く」
    「妙に的を射てわかりやすいのが腹立たしいな。確かにあそこ、同じ制服に人たちよく並んでますよね」
    「そうそう。食パンなんて買ってもしょうがないじゃんね」
    そんなことはないでしょ、と即座に否定しながらも確かに食パンに対して、そこまで情熱をかける価値を見出すことは私にもできないな、と思う。一応念押しのために学校名を確認してみれば、よく知ってんね、と感心された。そりゃまあ曲がりなりにも近所の学校である。それも、それなりの進学校。本当に頭がいいんだな、と改めて彼の顔を眺めると、まただらしなく笑みを浮かべては機嫌よさそうに、食パンについて話を掘り下げている。変な人だ。今まであまり、会ったことのないタイプだと思った。
    「生食パンとかって俺よくわかんないんだけどさー。あれってどうなの。介山知ってる?」
    「生の食パンなんじゃないですか。どうせあなたも私も一生食べないでしょ」
    「おまえ、俺以外にもその対応なん……? 俺心配なんだけど」
    あなた以外とは、こんな変な会話なんてしませんよ。そう言ってやるのは何となく癪で、無視してノートを広げて見せる。片瀬さんはそれだけで私がこれ以上この話題を発展させる気がないのに気が付いて、すぐに昨日の勉強内容について振り返ってくれた。空気を読むのがうまい。嫌味なくらいに。私にとってはそれはひどく楽だけれど、彼にとってはどうなのだろう。いつだってそんなに気を張っていて疲れたりはしないのだろうか。私は人と付き合うのが得意ではないから、それ故にその感覚がよくわからない。
    (あなたの方こそ、全員にその対応をしていてよく疲れませんね)
    可愛げなんて微塵もない、関わりすらついこの前までなかった男に、よくもまあ冷たくならずにいられるものだ。片瀬さんは、すごい。それはもう気味が悪いほどに。ノートを少し眺めるだけで私が疑問に思った点をすらすらと言い当てていく彼に、私はうまく集中ができなかった。

     
    感情は、その変化を明確に口に出してはくれない。それは溶け込むように、染み込むように、じっくりとその色を変えて私という人間そのものの形を歪めていく。人間は他者交流の中で形作られていくというのなら、きっと私はさぞ柔く真新しい雪のように脆かっただろう。すでに自我の成熟しきった大人は、あまり私に干渉してくることはなかったから。先生はこれを見越していたのだろうか。いや、それはさすがに勘繰りすぎだろうけれど。
    「君は、きっと人間が好きだと思いますよ」
    昔先生が私に言ったことがある。好きならもっと人の多い塾にでも行って友達作ってますよ。そう自嘲気味に笑って見せた私を、先生は揶揄することもなく、否定するでもなく、ただ「君の好き、は興味からくる好意だから」とだけ答えた。知的好奇心を好意と履き違えるだなんて、人間としてのある種の欠陥なんじゃないだろうか。そんな疑問も数分もすれば薄れ、私は他人に関心をなくす。興味なんてなかった。世の中の人間は、大体私と同じようなことを考えているものだと思っていたから。大体の行動理由も、言葉も、何となく意味はわかる。将来の夢をサラリーマンだとわざと言って見せれば、大体の大人は可笑しそうに笑うし、社会ってそういうものなのだと思っていた。全部、なんとなく輪郭がわかれば、それでいい。眼鏡のない視界のような世界で、同じような概念ばかり見るのもうんざりとしてきて、だんだんそれらそのものから目をそらすようになって、ただただ息をするだけ。
    「アイスあるんだけど、チョコとイチゴ、どっちがいい」
    変な人だと思った。軽薄そうな見た目と、それに見合うような語り口。そのくせ驚くほど他人を見ていて、立ち回りを完璧すぎるほどに理解している。見えているのだと思った。私が見ているぼんやりとしたものが、この人にはきっと細部まで見えているのだ。私のことも、きっと隅々まで見えている彼は、私の視界とは絶対的に違う世界で生きている。
    「……」
    「え、無視!? もー、じゃあ俺イチゴ食うから。お前チョコね」
    黙っていても、私が欲しい方を必ずと言っていいほど私に寄こす。それも決まって自分が選んだという体を装って。彼は、本当はどちらが食べたかったのだろう。彼は、いったい何を見て、何を思って。
    「片瀬さん」
    好奇心は猫をも殺すらしい。九つ命のある猫を殺しきるのなら、私の命は十個あればいいのだろうか。でも残念ながら私は普通の人間なので一度死ねばそこでおしまい。それでもいいと思った。片瀬さんの見ている世界が見たい。私と違う人間である彼が、知りたい。
    「私、片瀬さんの高校、行こうと思います」
    チョコアイスは絶妙に溶けていて、一番スプーンが通しやすく味わいやすい加減だった。それなのにアイスにスプーンを刺したままフリーズする彼に、私は初めて人間を見出したのだ。

     
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    Replies from the creator

    dentyuyade

    DONE性癖交換会で書いたやつ短編のやつです。割とお気に入り。
    星になる、海に還る輝く人工色、眠らない町。人々はただただそこで足音を鳴らす。唾液を飛ばす。下品に笑う。息を、止める。その中で自分はただ、誰かの呼吸を殺して、己の時間が止まるのを待っている。勝手なものだと、誰かが笑ったような気がした。腹の底がむかむかとして、思わず担いでいたそれの腕を、ずるりと落としてしまう。ごめん、と小さく呟いていた。醜いネオンの届かない路地裏の影を、誰かが一等濃くする。月の光を浴びたその瞳が、美しく光る。猫みたいでもあり蛇みたいでもあるその虹彩の中で、自分がただ一人つまらなさそうな顔をしていた。
    「まーた死体処理か趣味悪いな」
    「あー……ないけど、趣味では」
    「いや流石にわかっとるわ」
    「あ、そう?」
    歪む。彼の光の中にいる自分の顔が、強く歪んでいる。不気味だと思った。いつだって彼の中にいる自分はあんまりにも人間なのだ。普通の顔をしているのは、気色が悪い。おかしくあるべきなのだと思う。そうでなければ他人を屠って生きている理屈が通らない。小さく息をついて、目の前のその死体を担ぎなおす。手伝ってやろうか、と何でもないように語る彼に、おねがい、と頼む声は、どうしようもなく甘い。
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    dentyuyade

    DONE息抜きの短編。百合のつもりで書いたNL風味の何か。こういう関係が好きです。
    観覧車「観覧車、乗りませんか」
    「……なんで?」
    一つ下の後輩はさも当然のようにそんなことを提案した。園芸部として水やりに勤しんでいる最中のことだ。さっぱりとした小綺麗な顔を以てして、一瞬尤もらしく聞こえるのだから恐ろしいと思う。そこそこの付き合いがある自分ですらそうなのだから、他の人間ならもっとあっさり流されてしまうのかもしれない。問い返されたことが不服なのか、若干眉をひそめる仕草をしている。理由が必要なの、と尋ねられても、そうだろうとしか言えない。
    「っていうか、俺なのもおかしいやん。友達誘えや」
    「嫌なんですか」
    「いや別にそうでもないけど」
    「じゃあいいでしょう」
    やれやれと言わんばかりにため息をつかれる。それはこちらがすべき態度であってお前がするものではない、と言ってやりたかった。燦燦と日光が照っているのを黒々とした制服が吸収していくのを感じる。ついでに沈黙も集めているらしかった。静まり返った校庭に、鳥のさえずりと、人工的に降り注ぐ雨の音が響き渡る。のどかだ、と他人事みたく思った。少女は話が終わったと言わんばかりに、すでにこちらに興味をなくしてしゃがみこんでは花弁に触れている。春が来て咲いた菜の花は、触れられてくすぐったそうにその身をよじっていた。自分のものよりもずっと小づくりな掌が、黄色の中で白く映えている。
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