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    saka_esa

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    saka_esa

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    pixivに載せていた「蓮の〜」シリーズの本ようの加筆で没になった部分です。
    割とこちらの展開もきらいじゃなかったのですが、藍忘機はこういうとき怒りの声をあげたりしない。たしなめることはしてもちょっと違うな、と思ったのでとりやめにしたのでした。

     蓮花鳩に帰り着き魏無羨を呼ぶよう門弟に言いつけたところで試剣堂前に座り込む魏無羨をみつけた。魏無羨は江晩吟をみると立ち上がり着いてこいと視線を流す。
    大人しく従うのは癪に障るのは骨の髄まで染み込んだ反射のようなものだった。でかけた言葉はなんとか拳を握ることで耐え、無言のまま魏無羨についていくと水中に建つ四阿にたどり着く。ここはかつて姉の江厭離が気に入っていた場所だ。三人で過ごしていた頃の残像が脳裏に浮かんですぐに消えた。
    「どうだった?」
    「なにがだ」
    「もったいぶるなよ。あの家族は逃げてきたのか?」
    相変わらず察しのいい義兄に顔をしかめる。おそらく魏無羨も男衆の追っ手を目撃したか助け出した両親を見てなにか思うことがあったのだろう。
    「深くは知らん。が、追われていたのは事実だ」
    捜索の最中異質な男たちをみかけた。山の斜面をくだるのは江氏門弟だけと別けたはずだが土砂をわけるでも声をはりあげるでもない男達はそれでも探し物をしているように見え、体つきは素人にはみえず、とはいえ仙師には程遠い、用心棒として雇われているような破落戸の風貌に妓楼の店主が頭に浮かび確信へとつながった。
    「それで?」
    「あとは好きにしろとのことだ、これだけの騒動でわざわざ引き取りたくないんだろう」
    あの者達からすれば雲萍城に現れた慈悲深いと名高い沢蕪君の存在は厄介だっただろう。揉め事を目にすればたとえ他世家の、江氏の目の届く範囲だとて沢蕪君ならば首を突っ込みかねないと危惧し、妓楼から遠ざけるために手を回していたのは想像に容易い。夜の妓楼が空いている時間ならばともかく、昼間に妓楼の人間がわざわざ沢蕪君に近くのは不自然極まりない。そこまでして隠さねばならない何かがあの家族にあったのか、はたまた別の件なのかはわからないが、あの好々爺の面を被った店主が江晩吟の目から隠れて良からぬことを画策していたのならば結果的に顔を見せに行ったのは正しかったように思えた。
    「そうか。代償は大きいが逃げ切れたんだ、追いかけっこは勝ちだな」
    はたして勝ちなのか、江晩吟にはわからなかった。藍曦臣と逃げ生き残った子供達はかすり傷と衰弱程度だが、突き飛ばされた父親は片足を失った。母親は片方の目が見えず折れた片腕は歪に湾曲して二度と元の形には戻らないらしい。
    どちらも土砂に巻き込まれ泥と石の中でももみくちゃにされたので全身に傷があり、汚れが残れば傷が膿んでしまう可能性も高いから夏の怪我は厄介だ。死への恐怖はしばらくつきまとうだろう。それに生き残ったところでどうやって生きていくのか、花街から追っ手がだされるような背景をもつ者達が、五体不満足で安寧の中暮らすのは容易ではない。
    「江澄、お前よくないこと考えているだろう」
    「・・・生きている方が辛いこともある。」
    生きていれば勝ち、逃げ切れれば勝ち。汚泥をすすり這いつくばって生きた先に幸せがあるとは限らず、あの時死ねばよかったと思うことも多いだろう。
    もし、あの時。
    嫌という程繰り返された問答は過去にはならず、死んだと思った義兄を前にしても仄暗い罪悪感が背にへばりついている。
    「魏無羨、お前にはそういう時がなかったとでも?」
    「うーん。あったのかもしれないが忘れた。今は酒も飲めてひもじくもない、犬にもおいかけられる心配もないからな、過去のことさ」
    くるりと陳情を手のひらで遊ばせながら痛みは忘れたと言う魏無羨の笑みは屈託がない。決して楽な人生など歩んでいないことを江晩吟も知っている、だからこそ魏無羨の言いようは信じられず理解しがたい。しかしそれが魏無羨という男なのだと言うことだけは納得し難くも理解している。
    「一度死んだ奴の言うことは違うな」
    一度この世から深い眠りについた男は蘇るなり全てを過去のことにした。繰り返された「いつまでそんなことを」「昔のことだ」再会し正体を暴いた後に言われた言葉に江晩吟は置き去りにされた気分になり腹の底から怒りが湧き出たのを覚えている。生かされた自分の中の魏無羨はずっと地続きに繋がっていたというのに、囚われていたのが馬鹿らしいと思うのは辛くてより一層義兄へのおもいを固執したようにも思っている。
    「魏嬰」
    小さいのにはっきりと聞こえてくる不思議な声音だ。回廊に視線をむければ藍忘機があいも変わらず白い装いで立っており、その横に藍曦臣も並び立っている。
    「迎えだぞ」
    今はどちらとも顔を合わせたくなかったのにと思ってしまった。視線を外すのも不自然だと拱手して誤魔化した江晩吟の横を魏無羨がすりぬけて藍忘機の元へと軽やかに駆けていく。
    当然のように隣に並んだ魏無羨のために、わずかばかり場所を譲った藍忘機の目がすっと細められる。あるべきものが戻ってきた喜びか、江晩吟から見ても顔が緩んだのがわかる。
    先ほどまで隣に居たはずの義兄の姿は面白くないが、それを悟られるのはもっと我慢し難いのでしがみつく視線をむりやり引き剥がすとコツコツと木板を鳴らす音に気が付いた。
    藍曦臣が江晩吟の元へ来ようと歩き鳴る杖の音だとハッとした江晩吟は「待て」と手で制すとドカドカと床板を踏み鳴らし近寄ろうとして妙な既視感を覚えて足を止める。
    ・・・あぁ、また一人か。
     魏無羨と藍忘機が並び藍曦臣がこちらをみている。三人に対峙する己の横には誰もおらず、ここは己の立つべき場所蓮花鳩であるというのに孤独と虚空に胸の奥が暗闇に染まっていく気がした。一人だが独りではない。蓮花鳩は江晩吟が拾い集めかきあつめたものが形になっている。江晩吟にとって蓮花鳩は己の唯一である。
    なにも引け目を感じる必要などないのにこの三人を前にしてしまうと妙な劣等感に苛まれるようになったのはいつからだったか。いつも自分だけが蚊帳の外にいる気がしてならない。
    「江宗主、」
    「こんなところまできて足を治す気はないのか」
    口を開いた藍曦臣の言葉を遮り正面から玻璃の瞳を見つめる。
    声を張り上げずとも姑蘇藍師の耳ならば届くだろうが普段の癖で辺りに響くほどの声音をあげた。昨日の今日で歩き回る己に呆れ不興をかったと思った藍曦臣は大丈夫だと笑みをみせるが江晩吟の顔は厳しいまま緩まない。
    「忘機が色々と手を施してくれたから痛みや辛さはないよ」
    あがった名に眉をひそめる。その人をみれば当の本人は江晩吟に興味などなく、柔らかな視線を兄へとむけていた。
    「含光君ならば頼もしいものだ・・・沢蕪君」
    一歩、距離をあけた江晩吟が深々と拱手する。
    「このたびは蓮花鳩にお招きし、少しでもあなたの気が紛れればと思ったが烏滸がましいことであった、これ以上お役に立てそうもない。そればかりかあなたともあろう方を雲夢の地で怪我をさせてしまい相応の謝罪の言葉も今はうかばないが、沢蕪君ならびに姑蘇藍氏には大変申し訳ないことになったと思っている。謝罪は場を改めてお時間頂戴したく存じ上げる。含光君も蓮花鳩に来ている、良い機会でしょう」
    顔をあげると雫が伝い落ちる。落涙かと錯覚し藍曦臣はそっと息を飲むが湖面を揺らす波紋の音が耳に届いた、正体は雨粒か。知ったところで江晩吟の翳りの落ちた瞳に視線が捕らえられた。
    「どうか、お引き取りを。雲深不知処におかえりください」
     回廊の板が濡れる。立ち上った水の香りには蓮の緑の香りがわずかまざった。今は固く閉じてしまった蓮の蕾が開いたところを、そういえば朝には共にみることはなかったが、藍忘機とは見ただろうかと気にかかる。今し方帰れと伝えたばかりなのにたかが蓮の花が咲きほこるのをみせたかったと未練が後ろ髪を引っ張った。
    しとしとと降る雨は水に落ちると冷気となり肌を震わせる。
    「江宗主ならびに門弟や街のものにも迷惑をおかけした。謝罪すべきは私だ。あなたの、あなた達の優しさに甘えてしまった」
    欄干に杖をたてかけ拱手した藍曦臣にこれでよかったのだと江晩吟も首肯した。
    「この地よりあなたの回復を願っている。どうかお気をつけて」
    「おい、江澄。なにもこの雨が降り出した時に帰れはないだろう?沢蕪君は怪我もしているんだぞ」
    「魏公子、構わない」
    長雨により増水した川は落ち着きを取り戻してはいない。船旅は厳しく陸路は論外である。
    追い出そうとする江晩吟を窘めようとした魏無羨だったが藍曦臣の顔が思いの外穏やかな笑みだったことに驚き口を噤む。藍曦臣はそっと一本立てた指で空を示す。
    「雨がふっていようがでかけることはできる」
    雲萍城への一歩を踏み出せずにいた藍曦臣へ江晩吟が応えた言葉が再び藍曦臣を蓮花鳩の外へと踏み出させる。締め出されようとしているのは江晩吟の心からなのかもしれないことに寂しさを覚えたが、宗主である江晩吟が許さぬ今滞在をせがむ理由を藍曦臣は見つけることができない。献身を受けた身で怪我を理由にはしたくない。
     背を向けようとして、ふと耳にした家族のことが気にかかる。
    「江宗主、あの親子は・・・なにか差し迫った理由をもっていると聞いたが」
    ビクリと肩を震わせた江晩吟だったが鼻で笑うとあらためて藍曦臣の顔を見た。弟と共に過ごして気がまぎれたか、朝よりは血色の良くなった顔に密かに安堵した。
    「あなたが心配するようなことはない。わけありの人間など掃いて捨ててもあまるほどに居る」
    心配そうに痛ましいものを案ずるその美しい顔には翳りがさしている。あまりにも尊いそのかんばせを直視するのが辛い。
    「世間知らずのようだから教えてやろう、藍宗主。民草一人を気にかけ始めたらきりがない。あの者たちがなぜ追われていたのか調べ手をさし出せば助けを求める手は無尽蔵に伸ばされるだろう」
    腕を伸ばし空色の刺繍が施された姑蘇藍紙の巻雲をそっと指先に捉える。藍曦臣の心臓よりわずか上、ちょうど金光瑶が朔月に刺された場所を押す。
    「何でも屋ではないのだ。切り捨てること、首を突っ込まぬことも必要だ」
    不遜な態度に藍忘機の顔に不快さが浮かんだのに気がついた。たとえ宗主といえども兄に対する態度があまりにも礼儀しらずだと視線に鋭さが増した。元から自他共に認める犬猿の仲だ、構うものかと睨み対抗すると気づいた藍曦臣が藍忘機を視線で諌める。
    「江宗主」
    再び対峙した瞳はぴりついた空気の中に不似合いなほどやわらかい。引こうとした手を一回り大きな手のひらで掴まれ捕らわれた。決して力が入っているわけではないのに沢蕪君と尊ばれ敬うにふさわしい慈愛に溢れた視線に江晩吟の背がぞくりと粟立つ。何を言われようともひるむものかと体に力がはいる。
    「私にとっては最善や最良でなくとも、あなたが選択したことを、私はあなたを信じている」
    「・・・っ」
    怒りや苛立ちをぶつけられた方がどれだけ楽か。蔑む言葉や視線にも膝は折れないが、むけられる哀れみや慈悲は江晩吟の心を貫く。藍忘機によって逆立った神経が嬲られる。
    「あなたは、そうやって信じた結果が金光瑶だったのではないのか!」
    「江晩吟!」
    静かに怒りに震えたのは藍忘機であった。藍曦臣が江晩吟の手をつかんでいなければ、魏無羨の陳情が咄嗟に藍忘機を制していなければ江晩吟も三毒を抜き藍忘機に向き合っていたかもしれなかった。
     無風の蓮花湖の湖面が揺れる。耐えきれずにこぼれ落ちた雨はひたすらにぽつりぽつりと波紋をいくつも作り、藍曦臣はそっと江晩吟の手を離した。昨夜涙する藍曦臣の瞳を覆い隠してくれた江晩吟の手のひらが、今はとても冷たい。
    「そうだね・・・私は光瑶の様々なことから目を背け知らないふりをし、時に理由をつけて目を伏せた。同じ事を繰り返してはいないと断言したとして、今の私では説得力もないだろう」
    答がほしいと涙しその後寝付けぬほどに記憶を辿った光瑶のことも、江晩吟の感情を前にすると不思議と心が凪いでいる。故人の記憶はどこまでも形を変えて寂しさも幸福ももたらして心を捕らえて離さないが、そうかこれが生きている人間との違いなのかと妙に腑に落ちた。
    怒りに吼え恐怖に震える江晩吟の鼓動と熱が藍曦臣の内側を揺さぶりかける。生身の人間が発する力の強さとはなんとも美しい。
    「それでも私はあなたを信じているし、目を離すことができそうもない」
    「・・・なにを」
    心底わからないと虚脱した。ふらり、一歩背後に逃げ足が出る。
    「江澄」
    陳情を手にしたまま腕を組む魏無羨が呆れた顔をして江晩吟を見据えていた。江晩吟はこの顔を知っている。いつもは飄々とつかみどころのないふざけた風体をして周囲を呆れさせているが、見据えているのは誰よりもずっと先で魏無羨にしかみえていない世界があるのだ。なにを言われるのかわからないのが怖くてやめろ、と言いたいのに喉がはりついたのか声が出ない。
    「お前なにがこわいんだ?さっきまで雲萍城に行っていたのは誰でもない、沢蕪君のためだろうが」
    意地を張り素直に物事を捉えることも発言することも不得手な江晩吟を諌める時の、義兄の顔をした魏無羨がいた。
    「でたらめを言うな」
    「でたらめなもんか。せっかく沢蕪君が助けたのにケチがついたら嫌だからお前の嫌いな妓楼にわざわざ行って来たんだろう?」
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