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    saka_esa

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    saka_esa

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    飯テロした禊です

    「鬼くらいがちょうどいい」 外叔父こと江晩吟の名を聞いて、まず思い浮かぶのは鬼の形相である。眉間に渓谷の如く深い皺を刻みこみ、皺がないと思えばゴミくずをみるかのような冷えた瞳で相手を見下ろしている。他者も概ねこのような印象であるというのだから救いがない。
     雲夢江氏の紫紺を身にまとっているから華やかさが加わり鋭さが和らいだ印象もあるが、あれで例えば聶のようないぶし銀を身にまとっていようものなら誰一人として声をかけることもできなかったのではないだろうか。あの蓮色が雲夢江氏の色でよかったね、と心の中で思ったことは一度や二度ではない。
    「外叔父いつまで待たせるんだ」
    蓮花鳩の目と鼻の先、湖の桟橋に座ると暑さを逃そうと水に足を入れた。梅雨の終わりを目前に雲夢の気候は湿度を溜め込んだまま熱気が高まっている。伸び伸びと天高く伸びた蓮の花は瑞々しく風にゆらゆら葉を揺らして心地好さそうだが、人間からすると肌に纏わりつく湿気がなかなか辛い。仙子は日差しのあたらない葉の下に避難しながらぴくりとも動こうとしない。
    「呼び出したのは叔父上なのに」
    足の下を魚が悠々と泳いでいく。桟橋近くに居る生き物は人馴れしているから御構い無しに姿を見せるのだ。足で湖面を蹴り上げ雫をバラバラと撒き散らす。
    「こんな暑い日に衣をみるなんて」
    近々清談会が行われる。それに合わせて金宗主としての装いがどうのこうの、反物が手に入ったから見にこいと言い出した。本来甥とはいえ他世家のことなので口出しも控えるが、先代金光瑶は宗主にしては落ち着いた、いささか華やかさを抑えた装いだったからか、若宗主の甥が同じようでは威厳が足りぬと心配らしい。
    「叔父上何着るのかな」
     叔父は衣装持ちだ。雲夢江氏の色である紫紺を基調にに多種多様な衣を所持している。街の流行りに興味がない叔父にしては気を使っているな、と思うのだが、過度な贅を嫌っていそうな姑蘇藍氏の宗主藍曦臣とて意匠を凝らした物を着ているのだから宗主というのはそういうものなのだろう。
    「ちょっとくらい華美でないと、あの鬼の形相は隠せないよな」
    浮かんだ顔に本人は不在なのに背筋がブルリと震える。清談会で四大世家が並ぶと華やかさが際立ちきらきらときらめいてみえる。あの外叔父とてきらきらとしてみえるのだから衣装とは偉大だ。
    「誰が鬼の形相だ」
    「わっ」
    低いがよく通る声、叔父が帰還したのだと視線で桟橋を辿れば遠路の船から降りたばかりなのだろう、揺れる船と門弟達を背に叔父が立っていた。
    「あれ?叔父上…だよね?」
    「お前は他に似た顔を見たことがあるとでもいうのか」
    「いやだって」
    こちらに向かってくる叔父は紫紺を身にまとっておらず、黒に白の上衣を羽織っている。日よけの笠を脱ぎさり、はらりと垂れた前髪が鬱陶しそうだ。
    「どうしてそんな格好なの」
    「所用だ」
    叔父の背後を見れば船を降りる門弟達もそれぞれ普段とは違う色を着ていた。追求しても答えないのはわかっているし、宗主を引き継いだ身としてはこれ以上踏み込むことは殊更許されないだろう。
    「叔父上そういうの持っているんだね」
    「あ?あぁ」
    白と黒。叔父が身に纏うのを想像もしなかった色だった。紫紺でなければ華やかさにかけると思ったばかりだったが、果たしてどうだろうか。
    笠を扇がわりにパタパタと顔に風を送る叔父は、暑いのか伏したことにより目力が和らいでいるし、すっきりとした大人の輪郭が白によく映えていた。見慣れているはずの叔父の顔が途端に誰か知らない顔に見えてくる。
    「仙子は暑そうだな」
    「え…っ!」
    叔父の顔が途端に綻んだ。
    「はは、いっそ水に飛び込んだらどうだ?湿気っているから毛が乾かずに大変なことになるか?」
    身を横たえバテる仙子に歩み寄ると厚い毛を手のひらで梳く。仙子が気持ちよさそうに鼻をならすので叔父の目尻はどこまでも垂れ下がっていった。
    「お、叔父上早く着替えてきなよ、それ着替えた方がいい」
    「なに?俺がこれを着ていたら不都合か」
    怪訝そうに見返してくる叔父の視線に妙な安堵感を覚えほっと息をつく。
    「叔父上にはいつもの色が似合うって話だろう!」
    「ふん、生意気ばかり達者だな。お前もいつまでも遊んでいないでさっさと蓮花鳩に来い」
    「待たせたのは叔父上だ!」
    去る背中を追いかけようとするが沓をを履かねばならず到底追いつけない。ならばもういいやとゆっくりと支度を整え、先ほどみた叔父の顔を反芻する。
    大好きな仙子を見つけた瞬間の叔父は一年分の幸せが全て集まったかのように喜色満面であった。白を着ていたからだろうか、清楚さに加えてどこか無邪気さすら漂っているのだから驚く。
    「清談会用の衣じゃなくてもきらきらして見えるものなのか…」
    てっきり飾り付けられた装いの効果できらきらときらめいて見えるのだとばかり思っていた。
     桟橋を渡り終える叔父の姿を目で追う。門弟達が何人か近寄り何やら話をしているのだが、叔父はそこに立つ誰よりも凛と際立っている。
    「あれ…もしかして叔父上って美人?」
    門弟達が特別醜悪な顔をしているということはないが、叔父は抜きん出てみえる。きらきらもしている。仙子を見る時は鬼どころか天からの何かかと見間違うほどに慈愛に満ちた顔をしていた。それはどこか懐かしいまなざしで、幼い頃己に向けられていたものだということに気がついてしまった。
    「金凌!何をしている、早く来い!」
    気がついた事実に呆然としていると叔父が声を張り上げる、その眉間に刻まれたシワをみてひどく安心してしまったのだから、やっぱり救いようがない。
     あの顔は所構わず見せていいものでは無い気がする。
    「金凌!」
    「今いくところ!」
    見慣れた鬼の形相はそれでも幾分やわらかい、急ぎかけよれば背後で仙子がわんっと吠えた。
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