Let's bike to the mall‼︎「……ふぅ…暑い、ですね…」
まだ午前中だというのに燦々と降り注ぐ陽射しの下、遠くで逃げ水が揺らめいている。普段であれば煩いはずの蝉の声も、あまりの気温に参っているのか静かなものだ。
本当はこんな日はクーラーの効いた部屋で麦茶やアイスティー片手にのんびり過ごすのが賢明なのだろうけれど、ウララギは炎天下の街中で自転車を漕いでいた。
かこん、かこん。ウララギがペダルを漕ぐのに合わせて、回転するチェーンがビートを刻む。あと少し、もう少しで坂の頂上だ。ぐっと足裏に力を込めて腰を浮かせる。
「よ、い…しょっ!」
坂を越えれば、ぐんと上がるスピード。かららら、と軽快な音を立ててタイヤが回る。ブレーキで速度を調整しながら立ったまま全身で風を受ければ、茹だるような暑さも少しマシになった気がした。目的地まではもう一踏ん張り。
ウララギは額の汗を拭うと、再びペダルを強く踏み込んだ。
やってきたのはいつもより少し遠くのショッピングモール。ウララギの目当ては国内外の様々な食材や調味料、レシピ本などが集う大規模な物産展だ。
大本命だったトゥルーコの調味料と、月里村の新鮮な果物をいくつか購入し。覗くだけのつもりだった本のコーナーからはデザートのルセットを2冊と、お酒に合いそうな世界の家庭料理の本、最新のカクテルレシピ集を選んだ。予定外の出費でも、元々予算は多めに持ってきているので問題はない。
ウララギは新しいメニューとの出会いにほくほく顔だ。レパートリーが増えればきっと3人も、他の常連も喜んでくれるはずだと思うと、つい頬が緩んでしまう。ぺちりと両頬を軽く叩いて喝を入れると、会場巡りを再開する。そうして差し掛かったのは、食器と調理器具のコーナー。
カクテル用のグラスはそろそろ新調したいが、今あるグラスも思い入れが深い。今日は食器の類いは保留にしようと通り過ぎようとしたところで、ふとウララギの目に留まるものがあった。
「……これは…! あ、すみません」
レジを抜けて巡回していた店員を呼び止め、会計を済ませる。店員曰く、たまたま今朝入荷したもので現品限り、再入荷の予定もないらしい。思い立って来たのが今日で良かったと、ウララギは微笑んだ。
アルコールや輸入食品、製菓材料などのコーナーを全て回りひと通り目当てのものを購入し終えると、時刻は既に昼を回っていた。このままモール内のフードコートで食事にしてもいいが、出来ればすぐにでも新しいレシピの試作がしたい。
——食べるのは帰ってからにしましょうか。
ウララギは重たくなったバックパックを背負い直し、このまま帰路に着くと決めた。
…はずだったのに。
出口の向こうでは、器具や材料の実演販売も兼ねたキッチンカーがずらりと並び、道ゆくミューモン達をしきりに誘惑していた。今日は炎天も相まって冷たいデザートやドリンクの販売が特に人気なようだ。
帰ったら試作を食べるから、素通りしよう。もう一度強くそう心に決めて、自動扉をくぐり抜けると途端に熱い外気と激しい照り返しがウララギを襲った。陽炎の向こうでゆらゆらとアイスクリームの幟が揺れる。
「…あつ…………」
ウララギが逡巡したのは僅か数秒間だった。いそいそとソフトクリームの行列へと並んで、自転車置き場の隅の木陰に逃げ込む。
農場直送の朝絞り特濃LuckNo牛乳をふんだんに使って作ったというソフトクリームに、暑さで折れかけた心をがっちりしっかりと補強されて、ウララギは無事店へと帰り着いたのだった。
……その夜以降、BAR【夜風】に集う4人のBたちの手元には、陶器でできたリカオンとツノウサギ、スカンク、アンゴラウサギの箸置きがそれぞれ設けられるようになったとか。