Answer「……ココでなんとぉ〜! オレィたちからリカオちんに、サプラ〜イズがありまーす!!」
いつもより少し早い時間に始まった、バースデーカウントダウンライブの、その最中。日付けが変わり、俺がまたひとつ歳を取り、メンバーや常連達から祝いの言葉を盛大に浴びせられた後で、不意にジャロップがそう叫んだ。
「リカオさん、どうぞそちらへお掛けになってください」
「あ、え? …っ、おいこれは一体…。」
こんな段取りは聞いていないぞと小声でウララギを詰る。言っていませんからねと素知らぬ顔を貫くウララギから視線を動かせば、たいへん楽しそうなピースサインと共にウィンクを決めてくるジャロップ。
……一体何をされるんだ俺は。
そのまま動けずに佇む俺に痺れを切らしたのか、クースカに肩を掴まれてステージ端…いつの間にかセッティングされていた椅子の元まで押しやられた。
「ボーク達3人で、ユーのために曲を作ったんだよ。…聞いてくれるかい?」
「……曲を、お前達が…、俺に……!」
「そう。だからリカオ、とりあえず座りなよ」
クースカの言葉を反芻して、ようやく脳まで意味が届いた。大人しく席に着けば、ステージ上の3人が頷き合って、最後に俺を見た。
「今回はリカオちんのパートは、クースカちんがカリオンゲンで打ち込んでくれてるんだ♪」
「ですので、実を言えばこれは未完成の曲なんです。リカオさんのベースと歌声がなければ、僕たち【Yokazenohorizon】の曲とは言えませんからね」
「そう。だからこの代替音源は今夜しか使わない。次にユー達が聞くときには、この曲はもうボーク達4人の曲だから、みんなそのつもりで。…もちろん、リカオもね」
「…っ、あぁ。分かった…です。」
彼らの言葉に俺が頷くと、【夜風】は一瞬だけ静寂に包まれる。ジャロップが真剣な眼差しでギターを抱え直し、ウララギがスティックを構えてカウントを取って、クースカが、俺の代わりだという音源のスイッチを押した。
その瞬間に流れ出した彼らのメロディーを、リズムを、一音たりとも聞き逃さないように。俺は曲の終わりまで、ただじっと耳を澄ませていた。
「ウェ〜イ! こーんな感じの曲になりました〜! みんな聞いてくれてありがと〜〜!! ね? マジやばでしょ? ヤバヤバすぎてオレィリカオちんに何回バラしそうになったか分かんないもん」
「ジャロップにしてはよく耐えたんじゃない?おかげでちゃんとサプライズになったみたいだし」
「ふふ。リカオさんも、気に入っていただけましたか?」
「あぁ、もちろんだ…です! 俺だけじゃない、ここにいる全員がそう思っているはずだ…です。……そうだろう?」
俺の問いかけに応えるように、あたたかく大きな拍手が【夜風】に響き渡った。
——
思わぬ展開はあったものの、ライブは無事に成功し、俺達は最後の客を見送る。今夜はウララギの配慮で【夜風】が早めに閉まるのだ。まあ、閉店というかただの貸切だが。
そこで行われるのはもちろん、ライブの反省を兼ねた打ち上げと、ささやかな俺の誕生会。
もう誕生日にはしゃぐような歳ではないけれど、メンバーから祝ってもらえるのは、素直にとても嬉しい。
「ね、リカオちん! さっきの曲、どうだった?」
「とても良かったし、嬉しかった…です。3人とも、俺のために本当にありがとう…です。」
「へえ、今日は素直だね。…まぁ何にせよ、喜んでもらえたなら作った甲斐があったよ」
「今日のリカオさんは尻尾がよく動いていましたから、僕のほうまで嬉しくなってしまいました」
そう言いながらウララギが運んで来た特製ケーキには、ロウソクの跡。大勢の前で吹き消すのは流石に恥ずかしかったが…まあ、それも思い出として覚えておこうと思った。
「ワッカル〜! 聴きながらメッチャ真剣なカオしてたけど、尻尾でリズムとってたっしょ? あ〜リカオちん、今ちゃんとゴキゲンなんだな〜って思った!」
「アグリー。4人で演奏する日が楽しみだ。とりあえず音源は今のうちにシェアしておくから、時間のある時に聞いておいて」
4人で共有しているクラウドへとデータが追加され、通知がピコンと鳴った。すかさずタップして、スマホへデータを落とし込む。問題なく再生出来るか、確認のために流す。俺はケーキを頬張りながら、この曲を1秒でも早く演奏したいと、そう思った。
「ありがとう、クースカ。『ASAPで』弾けるようよく練習しておく…です。」
「うん。そうしてくれると助かるかな。ボーク達も待ってるから」
「きっと、お客様もですね」
「そだね! オレィも早くみんなの前でやりたーい!」
———
「…………というわけで早速練習してきた…です。」
「……いや、流石に早くない? 昨日の今日どころか今日の今日だよ。おかしいでしょ。分かる? 今朝で、今夜なの」
「ジャプ、リカオちんまーじで気合い入りすぎっしょ!ウケる〜」
「お仕事もあるのに…本当に、あまり無茶はしないでくださいね。心配になってしまいます…」
本当もう何やってんだか、とずれた眼鏡を直すクースカに、一歩詰め寄る。
「今は早くお前達がくれた曲を完成させたい…です。とりあえず一度弾いてみせるから聞いてくれ……です。」
「あ、ちょっと待って。……ASAPで仕上げるなら初回から録音はマスト。セッティングするから69秒だけちょうだい」
「……あぁ!」
気を遣ったウララギが一時的に店を閉め、客が来ないうちにベースと歌をそれぞれ分けて録音する。
ウララギのためにもあまり時間を取るわけにいかないので、気合いを込めて1発で決めた。
「…メッチャ良さげ!」
「……うん、良いのが録れたよ。ありがとうリカオ。…ウララギ、今日はこのままここでMIXさせてもらって良いかな」
「はい。ご注文の時はお声がけくださいね」
「うん。ジャロップ、集中したいからちょっかい出してこないでね」
「ウェウェ〜ィ! 分かってるからダイジョブジョブ♪ 頑張ってねクースカちん」
そこからのクースカは、やってきた常連達が皆二度見するほど鬼気迫る勢いだった。彼の手によって、俺達の音は混ざり合い溶け合って、新しい曲として生まれ変わる。
「………ふぅ。とりあえず出来たよ、一度聴いてみてくれる?」
クースカからノイズキャンセルイヤホンを受け取って、ひとりずつ順番に聞いていく。良いものになっているだろうという確信はあったし、実際聞いてみてそうだと思った。ウララギもジャロップも瞳を輝かせていたから、やはりこれは俺だけが思ったわけではないのだと内心胸を撫で下ろす。
「もう少しブラッシュアップしたいからアイデア出して」
「…俺達からまずひとつ。ありがとうクースカ…です。」
「………うん。」
「次にアイデアだが……」
————
「ねー、セッカクならみゅーちゅーぶにもあげとかない? こんなイイ曲なんだもん、みんな聴けないとソンっしょ」
「アグリー。ジャロップにしてはインサイト突いてる。オーケー、明日の昼には聴けるように手配しておくよ」
「僕、今夜のライブでもやりたいです」
「そうだな。可能であれば、俺もやりたい…です。」
「オレィもサンセー!」
こうして、俺達の曲は産声を上げたのだ。
「俺達は【Yokazenohorizon】…です。今日は、俺達の新曲があるので聞いてほしい。曲名は——。」