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    absdrac1

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    absdrac1

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    arb前回イベストの天(零)幻。
    あの後こうなって欲しいという願望の儘に書いたが、然程展開しなかった。
    あと、天谷奴のオジサマは庶民派なので、レストランやバーよりも居酒屋に行くのだろうな。

    酒とビジネスと極上の謎と「お酒は殆ど飲まないのですよ」
     既に此の世に酔っております故、と、夢野は彼の瞳によく似た色のカクテルを通して天谷奴を見た。ジャズピアノの音色が静かに響いている。この小説家の舌は鍵盤上のピアニストの指宛らに華麗に動く。
     今日は本当に楽しかったですね。次回作のプロットも思い付きそうですし、貴方のような方にもお会い出来ましたから。そう言って、グラスを傾けてミント・ジュレップを一口飲んだ。
    「おいおい、まだ今日は終わっちゃいないぜ」
     透き通るエメラルド色の酒が小説家の唇を濡らすのを視界の端に収めながら、天谷奴も自分のウィスキーに口を付ける。
     件の催し物の後、ふたりは食事を共にした。天谷奴が仕事で東都に来た時によく立ち寄る高級レストランに入ったが、夢野にとっては偉い作家の伴をする時のみに来る場所であった。「このような場には余り慣れておりませんので」などと断りながらも、食事を口に運ぶ所作は優雅なもので、天谷奴の伴としても申し分ない。
     食事をしながら、ふたりは本日の推理の内容に就いて一頻り論じ合った。流石本業の小説家と云うべきか、論説の巧みさも然ることながら、推理小説に関する知識量は天谷奴のそれを上回っている。東は涙香から西はポォ、探偵小説の嚆矢から現代のミステリ小説に見られるトリックに就いて、その詳細を語り実現性を考察してみせた。
    「然し理論上実現可能であることが明白なものは、最早ミステリとは呼べないでしょう。書き手は決して自明ではない解を用意せねばなりません」
    「じゃあお前さんは、ミステリを書くときには実際どうしているんだ」
    「そうですね。論理的であればある程、謎は消失してしまう。然しながら、大いなる問いに対し、解は飽くまでも論理的でなければなりません。その匙加減が肝要です。書き手は奇術師であると同時に科学者の思考を持ち合わせていなければなりません。物語で提示する謎の非現実性と解法の現実性の配合を明瞭に設計すること、それが書き上げられた小説の印象を定める要因となります」
     食事の後は通りをぶらついた。適当な店に入りながら今度は天谷奴の仕事を話題とし、現在もやはり天谷奴行き付けのバーで酒を飲みながら雑談に興じている。
    「貴方のお話は大層面白いですね。色々と隠していらっしゃるようですが、そこが却って想像を喚起させます」
    「絵空事と現実は違うぜ。先刻お前が語っていたトリックの実現性に就いてもだ。事象を実現可能とする条件はそう簡単には揃わない。実際の状態は無限個のパラメータによって制御される。また、それらは複雑に関わり合っている。叙述可能な有限個のパラメータを人為的に動かした処で、小説のようには上手くいかないさ」
    「では、実際には貴方はどうされているのですか」
    「そうだな。運を味方に付けるんだな。そうした上で、刻一刻と変化する状況を読み、それに応じて判断をするんだ。まあ、至って普通のことだがな」
    「万人にとって普通である事物は存外意識し難いものです。成る程、貴方のビジネスの成功の裏には、物事を有りの儘に捉え、適切に処理をしていくという、一見普通の、然し或る種の悟りの境地にも似た心構えが必要なのですね」
    「心構えなんて大したもんじゃねえよ。それに、ビジネスねぇ。ビジネスといやあ、ビジネスだがな」
     自らの仕事をビジネスだと称しているものの、この小説家に言われると何処となく違和感があるのが不思議であった。そうそう、マッチとポンプを操るビジネス、と夢野は天谷奴を茶化すように言い、机の上に頬杖を突いた。夢野は暫くグラスの縁を指でなぞっていた。ふたりの間に再びピアノの音が過った。グラスの中の氷は融けていく。一曲弾き終わり、桜色の唇が如何にも切なそうに息を吐いた。
    「どうした? 悩みでもあるのか」
    「いいえ。ですが、少し酔ってしまいました」
     頬を朱色に染め、眼の端で天谷奴を一瞬捉えた。その視線は女よりも余程艶めかしい。
    「そんなに無防備にしていると攫われちまうぜ」
    「貴方のような怪盗に攫われる人生もよいかもしれませんね」
    「じゃあ、攫っちまうかな」
     小説家は艶然と笑う。
    「それでは場所を変えましょう。お話をもっと聞かせて下さいませんか」
     微笑を浮かべて頬杖を止め、上目遣いに天谷奴を見詰める。この美貌の小説家が、どのような眼で文壇の偉い先生方に見られているか知れると云うものだ。
    「私を攫って下さいませ、詐欺師殿」
         *
     ホテルに着いた後、天谷奴、夢野の順で交代でシャワーを浴びた。先に入り終えた天谷奴はベッドの上で寝転びながら、夢野の影の映るバスルームの扉を眺め、彼が汗を流している音を聞いていた。
     水音が止み、夢野がバスタオルを羽織ってシャワー室から出て来た。そうして天谷奴の居るベッドに座ると、バスタオルを少しだけ開けてみせた。透き通るような白い肌の上を、拭き残った水の玉が一筋流れていった。天谷奴がその様子を見詰めていると、夢野は細い指先で水球を掬い取り、タオルを軽く当てて水分を拭き取った。それからしっとりとした素肌と同じ眼差しで天谷奴を見詰めて言った。
    「貴方の瞳、ご子息と同じオッドアイなんですね。右眼は義眼でしょうか」
    「ああ、戦争で失くしたんだ。代わりの石が嵌め込んであるだろう」
    「石なのですか。然し、綺麗ですね」
     夢野は天谷奴の右瞼にそっと触れ、音を立てて其処に口付けた。
    「で、何が聞きたいんだ」
    「貴方の目的は何でしょう。行動の根本にある思想をお聞かせ願いたいものです」
    「俺の目的ねぇ。先刻のミステリの話と同じだな」
    「と、仰いますと?」
    「世界に謎掛けをするのさ。論理的には凡そ実現不可能に見える事柄を、実現してみせる。どうやったのかは俺を除いて誰にも解らない」
    「手段のような目的ですね」
    「お気に召さなかったか。現実には手段も目的も違いはねぇよ」
     天谷奴は夢野の腕を掴んで彼を引き寄せる。夢野はやや体勢を崩し、バスタオルが剥がれて上半身が露となった。天谷奴は夢野の首筋に吸い付いて、若い肉体の芳香を思う存分に味わう。耳を軽く食むと夢野は僅かに身を捩らせた。
    「今度はお前さんが目的を話す番だな」
     翡翠のような瞳が天谷奴を映した。
     ――知りたければどうぞ、私の身体を暴いてご覧下さい。書物を繙くように、そこに書かれた謎を紐解くように。
     じゃあ、推理合戦の続きだな。勝った方にはどんな褒美があるんだ?
     極上の謎と謎を解く過程に勝るものはないでしょう
     ……
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