『笑顔』ベルは表情筋が硬い。否、上手く感情表現することが不得意だと思う。『後悔』のギフトを得た職員を時よりじっと見て自分の口元を触る動作をする。今も“優しい 防衛者”の面はある。同期のル・ブラックもベルの事は気にかけている。それよりもウチの職員たちは、メンタルケアも適切に対応をしなきゃいけない爆弾持ちな所を除けば、とても優秀で可愛げのある後輩だろう。カウンセリングをホド様がやっていたが、ブラックは職員のカウンセリングは自分が、と申し出たと聞いたのはココ最近の話。ともかく、ベルには苦手な職員が居ないし、サポートも上手いから。
「……ベル、イザベル。」
「……先輩。如何なされましたか?」
「抽出チームの雰囲気には慣れた?」
「……いえ、まだ慣れてはいません。静かなオーケストラと未だ話しが合いそうにないです……調整が難しい……。」
「抽出チーム、今1人だしな。無理はするなよ?」
口元は上がらないが、柔らかい声でハイと小さく頷きながら返事が聞こえた。本人は気にかけてくれて嬉しいのだろう。……多分。
「夕暮の試練、来ます!トリガーは教育から『ラ・ルナ』です!」
「おっと……ダナ1人にはまだ荷が重いし、記録チーム戻るな?ベルも1人で抱え込むなよ。じゃ、ご安全に。」
「はい、ご安全に。今は……でも頑張ります。」
口元を指で上げ、元気ですよ。といった素振りをみせる。そうしなくても知ってると言いたいが、本当に元気ない時にそれをしないのも知ってるから、あえて言わずに俺もベルトの上から真似をした。
***
「……記録・福祉チーム鎮圧完了。抽出チームは?」
「懲戒チーム、中央本部第二と合流鎮圧しますか。」
「中央本部第一完了☆」
「……抽出チームと合流する。懲戒チームも抽出へ、中央本部第1は第二の鎮圧を任せた。皆、まだ持ちそうか?」
「はい、タシャもへーきです。」
「俺も問題ありません、急ぎましょう。」
「ダナは葬儀屋の……方、行ってくるんだな……」
福祉の2人を先に行かせ、虫系統が苦手なダナはちょっとテンションが低い。回復はしてるが、連戦後の苦手な場所への作業は心が折れるのだろう。むぅ……と眉間に皺を寄せているが、腹は括ろうとしている。と、シユがキョトンとして手を挙げた。
「……?なら、シユ行く。体力消耗した、回復が遅い。」
「念の為、葬儀屋廊下前待機だ。2人で行ってこい。」
「オーウェンさんは?」
抽出チームのオフィサーがイザベルの戦闘中を見て、正常な反応をするとは一切思わない。イザベルが発狂したらそれこそ止めれなくなる。あいつはタンカーとしての才能がトップレベルだからな。
「……数が多い方が有利だろ?」
「そうだな……じゃ、ダナ達は記録チームへ行ってくるんだな!!」
2人の背を見てから、急いで抽出チームへと向かう。中央本部第二も中央本部第一と合流したようで、無事に鎮圧を済ませていたが、レオンが誰かと連絡を取りあっているのに気がついた。それで、自分の無線から何やら叫び声が聞こえたのが聞こえた。飛鳥の声だ。
「抽出チーム、イザベル。恐慌状態!ホワイト武器職員の要請!」
「抽出チームへ、レオン、志希、フランク……あ、ユイも。以上4名は走っていけ!!!交渉は俺 オーウェンが行う。」
しまった、と青ざめて走っていく。パニックで暴れてないのが幸いか。と、心の中で祈る。……否、ベルがパニックになったのを見た事がない。だが、死なれては困る。
***
まだ笑い声があれば怖くないと思うだろう。然し、目の前の者は声も出さずに笑顔でいる。だから、言ってやったのだ。長く務めているからってだけで、抽出チームに抜擢されたなんて知るか。「泣けないくせに笑うのは一丁前なんだな。」と。
『緑の夕暮』-「届かねばならぬ場所」
それと同時に夕暮が来てしまったが、エージェントを見れば目を丸くした後、その表情に、声に、背筋が無理やり引き攣らされたような悪寒がした。
「抽出チーム あなたに『笑顔』をお届けに制圧します。」
「…………は?」
その後は正直覚えていない、俺は非戦闘員だからと一目散に逃げた。他の非戦闘員は逃げ回ってた記憶しかない。その度に、アイツが俺らの前に立ち、じっとこちらを見た。尻もちをついて、救いを求める声も聞こえた。しばらく走り回って、息が切れそうで隅っこで震えているヤツや重症を負ったやつを安全な場所へやろうと運ぶ奴もいた。無意味な事なのに。
「イザベル先輩、加勢来ました!」
「抽出オフィサーへや私達への指示出しを!」
懲戒チームのエージェントがやって来た。クソ、遅せぇんだよ。息を切らして呼吸を整えてるようなので、走って来たなら許してやろうと内心吐く。
「……帰って。僕が、ぜぇんぶやらなきゃ。」
「イザベル先輩……?」
「2人は重傷したオフィサーを医療機関へ。歩ける者は自力で、この部署から出ていけ。」
地を這うような低い声が聞こえる。我先にと逃げるオフィサーの後を追おうとしても、この足が動かず、壁に力を任せた。
「イザベル先輩……?……ナト、はやく死者を減らすために動こう。それを先輩も望んではない。」
「……あ、ああ。」
パタパタと2人が案内をして、他のオフィサー達はエレベーターに乗ったり、時には守りながらオフィサーの英雄のような感じだ。降りてきたエレベーターからまた2人増えた。福祉の2人だ。
「状況は!?」
「飛鳥先輩、オフィサーの安全優先。怪我人を医療をするように。制圧はイザベル先輩お独りです!」
「福祉は今、1人しか居ない…のに!?……ダナくんに伝えて置かないと……!」
「イザベル先輩、おひとりは無茶があります!」
飛鳥と呼ばれた福祉エージェントが、イザベルの方へと向かう。飛鳥の持つ武器は口がついたハンマーみたいなやつで気持ちが悪い。
「飛鳥さん、なぁぜ、そんなこと言うの。僕なら出来るよ。」
「イザベル先輩、あなたも1人のエージェントです。頼ってください。俺ら後輩じゃ頼りないですか?」
一瞬、固まった気がした。時が固まるような静かな時間が。
「イザベル先輩……!!!」
然し、すぐに声が飛んで意識がハッとした。2人の背後からボロボロになっても動こうとした機械が目掛けて飛んできた。ピンク色の液体をかけながら、身体を抉るように飛ばされたエージェント。
そのエージェントを守るように、炎を纏った男が彼女の前に立ち、レイピアを持った彼女は視線を変えるようにと、後ろから奇襲をし、機械が後ろを動いた瞬間、飛鳥とイザベルはその背中へ思いっきり武器を叩き付けた。
「タシャ…タシャ……!」
「息はしてる、首元に傷口がある。……私じゃ、治療が……」
「ナトは引き続き、オフィサーの安全を!」
「イザベル先輩……わりご、んで……ごめん…ごめんな、さい…」
「喋らないで、傷口が拡がる。」
その以降は、バタバタと治療を試みようとしてたり、俺も怪我をしてたのか、記憶がぼやけてきていた。が、絶叫で無理やり意識を戻された。オフィサーを抑えてるエージェントと、イザベルを抑えるエージェント…なんだこれと、床の冷たさに温もりを感じた俺は思った。遠くには治療を済ませ、ぐったりと気を失ってるタシャと呼ばれた福祉エージェントがいた。
『今そちらに加勢を向かわせる。少しの辛抱だ、待っててくれ!』
『声だけでも、俺は参加できませんか!?』
『ブラックは光輝も連れて、福祉部署の加勢に入ってくれ。ダナとシユの2人じゃ荷が重すぎる!!』
無線機から聞こえる声で、今この部署は大荒れなんだなぁと悟った。イザベルは淡々と声を出し続けているのがわかった。オフィサーは何かを怒りに身を任せたがなり声で叫んでいる。イザベルは笑うことが出来ねぇのか、と視線を向ければ、笑ってなんかいなかった。泣いていた。多分泣いていた。俺の視界がぼやけているのか、幻覚なのかも分からない。だけど、笑ってなんかいなかった。
謝らないと、俺は、謝らないと、イザベルに勘違いしていた。
動こうとしても、体が思うように動かない。痛い、酷く痛い。鉛のようにゆっくりと重くのしかかってくる。バタバタとエージェント達がやってきて、イザベルとオフィサーをなんとか離して、話し合いが始まった。俺にやっと気がついたエージェントは、お前大丈夫か?と驚きの顔をしつつも、治療してくれた。上に行くように言われたが、頭がクラクラするから暫くしたら、上へ行くと言っておいた。こいつ、よく見たら……表情豊かだよ。そっちで感情表現を見た方が良いじゃねぇかと……と、立とうとしてバランスを崩し、見かねたエージェントによって運ばれた。
***
「イザベル、ベル、ベル、呼吸をしろ。」
過呼吸起こして、オフィサーから離れた位置に連れていく。と言っても、静かなオーケストラの廊下前しかないのだが。やっと力が抜けたのか、全体重を俺に委ねた。やっと落ち着いたか、と思えば、思いっきり扉を叩いた。向こうのオーケストラもこれには驚きだろう。職員が居ないのが救いか。
「イザベル……何があった?」
「……僕は、こんなに、笑顔なのに、なんで、みんな怖がる?」
「……」
絞り出すような声で嗚咽がまじる苦しそうな声だ。笑顔をするのが悪いとは思わない。然し、着ているE.G.O.の影響なのか、鏡の影響なのか、戦闘中は不思議と口角が上がる。なお、目は笑ってない。その為、怖いと思われるのは理解は出来る。俺なんか、歩くだけで悲鳴あげられたし。古参だからこそ、怖いの思われるのか。愛想を振りまくのは得意じゃないからこそ、ヘイトはこちらが貰う。
「イザベル、アンタはよぉく頑張ってる。そこら辺は、ちょっとぶきっちょなだけだな。」
「ルー君は、いっぱいほめてくへるのに」
「ブラックは、同期パワーだろ。犬かってぐらいベルのこと褒めるじゃん。ベルもブラックの事、めっちゃ甘やかすし。」
「鞭はしてる、鞭もしてるもん。」
ブラックは甘やかしすぎるとダメになるし、かと言って冷たい反応をし続けたらメンタルがやられる。塩梅は未だ掴めないが、教育チームとイザベルがいるからなんとかバランスは保っているだろうと、思う。よしよしと頭を撫でていれば、お腹がなる。
「はいはい。……は〜〜……お腹すいたあ……料理食いてぇ……」
「……先輩の手料理?」
「そうそう、俺の、俺の!?……手料理で、いいの?」
「……うん。」
顔だけ覗かせるオーケストラに中指をそっと立てておき、動けるか確認しては今日の業務が終了の放送がなる。エージェントの死者はゼロ。オフィサーは……数名。初動を急いだところとて、間に合わないものは間に合わないから。と、諦めはついていた。
***
「イブ〜〜!!!!怪我はない!?痛いことない!?」
「うっるさ。……鎮痛剤、錠剤タイプでくれ。頭が痛い。」
「そんなノリで渡せるか!!!飛鳥に聞きな!!!」
「はいはい。ベルも含めたエージェントのチェック終わったら、福祉部署も閉めるからな。」
と、先輩は飛鳥さんの所へ行った。ルー君は僕の手を掴んで、良かったぁと、膝から崩れ落ちる。それが面白くって笑ってしまった。とは言っても、声は出さないし、上手く笑顔になってるかは別だ。ガバッと顔を上げたので驚くと、ムスッとした顔をした。
「イブ〜?俺は心配したんだよ?そんなに笑わなくたっていいじゃんか!酷い、イブにとって俺はそんな価値しかなかったのね!!」
「ルー君は大袈裟だね?」
鏡をちらっと見れば、やっぱり口角は上がってない。周りも僕が笑っていたか?といった様子でこちらを遠巻きに見ていた。ルー君は、僕の感情を読むのが得意だから息がしやすい。言わないし、ルー君は変なタイミングで、無自覚にやるからいいのだ。
「大きな外傷はなし。エファンケリンの服用も必要なし、めいいっぱい美味しい物食べて、休んで寝る。で、いいんじゃないかな?」
「ルー君。一緒に先輩のご飯食べよ。作ってくれるってさ。」
「マジで!?……ホントなのー?先輩ー!!」
「鍋にしろって言うのかーー!!手伝えよ!!??」
遠くにいる先輩に届くように声を上げ、その声に返すようにでかい声が飛ぶ。デリラ先輩も一緒に食べてくれるのかな。
「イブ〜、超ご機嫌だね。」
「ルー君がご機嫌だから、僕もご機嫌だよ。」
「なら、いっか!」
いつか、ルー君みたいに自然な笑みを出せるように。
僕は鏡に向かって笑顔を向けた。