未定 人間万事塞翁が馬。なにがどう転ぶか分からない。兄弟たちが突然ぽつぽつと仕事に就き始め、俺の恋人であるカラ松は弁護士になりやがった。なにをどうしたのか、なにがどうなったのかさっぱり分からない。帰宅するなり俺は弁護士になったぞと言い放ち、そりゃもう一同騒然だった。
そうして毎日決まった時間に出勤退勤することを数か月間繰り返し、最終的に未だ就職していなかった俺を連れて家を出た。家族公認の恋人ではあるものの、やはり自宅だとなにかと……まあ、なにかと不便があったため二人で家を出ることに異論は無かった。
◇
なかなかに高級感の溢れるマンションだった。エントランスをくぐって警備員の人に会釈をし、カラ松に着いていく。エレベーターの床は布張りだった。
「さあ、ここが新しい俺たちの家だ」
「……お邪魔します」
これから、ここに住むのか。挨拶も、行ってきますとただいまになるのか。むず痒い。
「家具はひとしきり揃えてある。欲しいものがあったら何でも言ってくれ」
とりあえずリビングにあったソファの隅に座って話を聞く。
「流石にここに猫は遊びに来れないし……申し訳ないがペットも禁止なんだ。害虫が入ってこないというメリットはあるが……。あ、窓はなにやら特殊な加工がしてあるらしく、冬は暖かく夏は涼しく過ごせるらしい! あとはそうだな、どの部屋も完全防音だ! 俺は趣味としてギターを続けるつもりだからな、お前も昼間に暇だったら触ってもいいぜ……? 手取り足取り教えてあげよう」
「……うっざ。にしても……すごいね、家具全部揃ってる。部屋見て回っていい?」
「勿論だ。今日からここがお前の家なんだから自由に過ごしてくれ」
4LDKのうち、一部屋はまず寝室だった。サイズ……の名前はよく分からないけど、とにかく大きい。布団を干すのが大変そうだ。サイドテーブルや間接照明もあり、リラックスできそうな空間だ。
あとはそれぞれの個室と、物置。個室を持つのは初めてで少しドキドキする。インテリア、とか、好きなものを置いていいんだ。本棚もある。猫の写真集を買おう。それから……とにかく猫グッズを置きまくろう。別に家に猫が来なくても構わない。散策すればこのあたりにも猫の溜まり場はあるだろうし、猫カフェに挑戦するのも悪くない。
そういえば。カラ松には収入があり、プロポーズ同然のことをされてあれよあれよというままに引っ越してきてしまったが。俺は無職のままだ。今更だけどどうすべきなのだろうか、カラ松に視線を寄越すと全部分かっているというふうに伝えてきた。
「勿論お前が働く必要はない。俺の稼ぎは……ふ、自慢じゃないがなかなかのものだ。家事については、ハウスメイドを雇うことも視野に入れている。俺達二人の愛の巣に他人を入れるのは少し憚られるが……一松の負担を減らすためならなんでもしよう。買い物だってすべてネット通販で構わない。このクレジットカードを使ってくれ」
「……いいよ、家事は俺がやる。だってお前プロポーズしてきたじゃん。お前の伴侶なんだろ。お前が外で稼いでくるってんなら俺は家を守る。家事も覚える。……時間かかるかもしれないけど」
いちまつ、と瞳に涙を浮かべ、優しく抱き締めてくる。
「ありがとう、一松。……愛してる。これから、ふたり支え合って……この幸せを噛みしめ、生きていこう」
「……ん」
言葉をうまく返すことはできなかったけれど、背中に腕を回してぎゅうと抱き寄せた。
◇
どちらかと言えば器用なほうだ、家事を習得するのは早かった。散歩途中に猫集会も発見した。なんの不満もない、完璧な生活だ。
ちなみに家事の中で一番楽しいのは炊事。多少失敗しても、カラ松はなんでも美味しそうに食べてくれる。実際料理はカラ松のほうが上手いのだが、どうしても俺が作ってあげたくて教わった。随分手際もよくなって、平日は毎朝弁当を作ってカラ松に持たせている。
初めて弁当を作った日はサプライズだった。こっそり弁当箱を買いに行き、早朝にそっとベッドを抜け出し昨晩の残りやらなにやらで弁当を完成させた。箸と一緒に布で包み、水筒はいつもカラ松が愛用しているものにコーヒーを注いだ。