太陽さえも 足止まって太陽を睨み付けながら、あっちぃーと漏らす、低い声の独り言を聞いたのはケンチンの大きな背中の上だ。
真冬の寒さも真夏のカンカン照りも関係ない。眠くて眠くて動けないオレを運ぶのはケンチンだ。今日も同じ。眠りこけたオレの目が覚めたのはやっぱりケンチンの背中。あちいと漏らすケンチンの背中はほかほかじっとり、触れてるところがじんわり熱い。
落ちないように腕を回したケンチンの首筋にはうっすら汗が浮き上がる。もぞもぞとするオレに気がついたのか、ケンチンは首だけで振り返る。ボンヤリした頭に「起きたンか」とあの声が沁みる。
「ケンチン…あちぃ?」
言いながらケンチンの首にいっそうまとわりついた。
「オマエだってあちぃだろ。オレ汗かいてるし。オマエ、気持ち悪くねぇか?」
目の前のケンチンの首はうっすらと汗ばんでいる。日差しと体温と汗の混じった匂い。かすかに掠めるフレグランスなんかじゃない、内側から漂う匂い。
気持ち悪いよりじくじくおかしなむず痒さが沸き上がる。クン、と首筋に吸い寄せられて、首に掛かるカーディガンの下から覗く肌が目についた。
刺さる日差しにさらされ薄く焼けた首筋と、着衣に隠れ、肌から浮いたカーディガン下の隙間から覗く、若い桃と同じ色の肌。わずかに違う肌のいろのコントラストにむず痒い気持ちがわき上がる。
何度だって目にしたそれが、なんだか急に無駄に目についた。
『チユ』
気がついたら目の前のそれに噛みついていて、ソレと同時にどすんと直角に落とさた。
「痛ってぇ…」
「おまっ…、オマエ、なんなんだ…っ」
首筋に手をあてたケンチンが真っ赤な顔でうろたえている。そんな顔でさえ少しばかり腹がたつ。
いつの間にか、オレの知ってる肌の色よりうっすら焼けて。なに、オレのモンに勝手なことしてくれてンの。薄く焼けた肌いろに、なんだか無性に我慢できずに噛み付いた。
すっげぇ、うまそうなんだけど。そう言ったらケンチンはどんな顔すんのかな。ケンチンのなんか言いたそーにじとーって睨んでる顔、みてーんだけど。
「…んだよ」
「ん?」
「なんか良くねぇこと考えてぇんだろ」
「なにがー?」
アタリだけどハズレ。良くないことなんかじゃねぇし。
「ん!」
尻もちをついたまま、オレはケンチンに向かって手を広げてみせる。
「んだよ」
「ん!ケンチン、ん!」
両手を広げて、もう1度おんぶのサイン。
「あー、…はいはい」
ケンチンはあきれ顔であきらめた顔をして、ちっとも話になんねぇし、なんて言いながらしゃがんで背を向ける。そうして「ホラ」なんて言っちゃうんだ。
ちらっとオレを伺いながら、乗んねぇの?なんて言う。だからオレは当たり前のようにケンチンの背中に、どんと乗る。体当たりするように背に乗るとケンチンはゥ、と衝撃に小さく声を上げる。
背中にのって体重を預けてピトリと腹を摺り寄せて、ぎゅうっと後ろから抱きしめる。
へへ、っと首もとにすり寄れば、ケンチンは首だけ振り返って眉をしかめてみせる。むうっと眉間を寄せた顔がかわいかったから、もいちど噛みつくのは我慢しとくね。また落とされたらケツが痛ーしここは外だしね。気をつけねーと、ケンチンのかわいいのが見つかっちまう。
「あっちー」
「だから誰のせいだよ」
「オレのせー」
全部が全部、オレのせい。ケンチンの背中が居心地良いのもケンチンがオレに甘いのも、全部オレのせいでオレのため。
あっちいの、なんて言いながら、よっこいせってオレのこと落とさないように背負い直してくれるんだ。だからオレも、あっちいなって言いながら、ぴっとりケンチンの背中に張り付いた。
今年の夏は格別暑い。ジリジリ、ジリジリ。太陽さえも嫉妬して、オレたちを離そうとする。
残念でした。そんくらいじゃオレらは離れない。
ちゃんとしっかり捕えとくから。だからケンチンもおとなしくオレに捕まっといて。ずっと、ずっと、ね。