「兄ちゃん、日曜日は夕飯には帰って来る?」
弟の副にそう言われて、嵐山は自分のスケジュールを思い浮かべ……困ったように眉を下げた。その表情で副は察したのだろう、「大丈夫、確認しただけ」と言って首を横に振る。
「でも、なにかあったんじゃないか?」
「平気だよ、確認しただけだから。ばあちゃんがおはぎ作るって言ってたからさ」
「そうそう、大丈夫。兄ちゃんの分はちゃんと取っておくから」
大丈夫と言う副に本当に? と確認しようと口を開きかけたときに、副の隣にいた妹の佐補がそう言ってくる。
「おはぎ? ……この前、彼岸のときに作ってなかったか?」
「い、いいんじゃない? ばあちゃんが作るって言ってたし」
「そうそう、おばあちゃんのおはぎ美味しいし」
「まあ、ばあちゃんのおはぎは美味いな」
三人で祖母のおはぎは美味しいと言って頷き合う。
先日そんなやり取りをしたことを思い出しながら、嵐山は帰路についていた。
副に確認されたとき、日曜日のスケジュールは午後から防衛任務で、それが終わった夕方より広報イベントの打ち合わせが入っていたのだ。それが当日になって急遽イベント打ち合わせが別の日に変更になった。帰りに嵐山隊の後輩たちからご飯でも一緒にと誘われたが、先日のあのやり取りを思い出して嵐山はまっすぐ帰宅することにしたのだ。
なにかあったのかと聞いたときになにもないとは言っていたが、なにかあるような気がした。
……自分もそうなのだが、どうも嵐山家の人間は嘘が下手なのだと思う。
なにもなければそれに越したことはない、そう思いながら嵐山は自宅の玄関のドアを開けた。
「ただいま」
「あ、帰って来た! 父さん買ってきた?」
「なににしたの? ……って、あれ? 兄ちゃん?」
嵐山が家に入ると、玄関のドアの開閉の音を聞いた双子がリビングより飛び出して来て、玄関にいる嵐山の姿を見ると戸惑うような反応を見せる。どうやら自分ではなく父が帰って来たと思って飛び出してきたらしい。
「副、佐補ただいま。どうしたんだ?」
「あー……兄ちゃん、……おかえり」
「……なんで? 今日遅くなるんじゃなかったの?」
「ああ、急遽予定がなくなったから帰って来たんだ。なにかあるのか?」
靴を脱ぎ嵐山の帰宅に戸惑っている双子の頭をなでながら嵐山は聞いてみるが、双子は互いの顔を見合わせながら決まりが悪いような表情を見せている。
とりあえずリビングに向い話を聞けばいいかと思い嵐山は向かうと、キッチンより顔をのぞかせた母や祖母も「あら、帰ってきたのね」と驚いたような反応を見せたので、予定がなくなったことを伝えた。
「おー、お帰り嵐山」
「……迅?」
リビングのソファーの下でコロを抱えてなでている迅がいた。
「え、迅? なんで……」
今日はなにも約束もしていなかったし、迅が嵐山の家に来るという話も聞いていなかった。予想にもしていなかった迅の姿に嵐山は驚く。
驚きのあまり、そのままの姿勢で迅を見ている嵐山の姿に迅は笑った。
「フフフ、今日は嵐山家にお呼ばれしたからお邪魔してるんだよ」
「お呼ばれ……? 呼んでないぞ」
「おまえじゃないよ。双子にだよ」
「聞いてないぞ」
「言ってないもん」
「あー、迅さんそれ言っちゃダメじゃん」
迅の言葉に双子を見ると佐補は嵐山から顔を背け、副は迅に向かって口をとがらせている。
なぜ自分のいない家に双子が迅を呼んだのか、その理由がわからず嵐山は迅と双子を何度も交互に見ながら戸惑う。
「あはは、そんなに交互に見まくっていたら首がもげそうだよ嵐山。なーコロ」
「だって……、なんでだ!」
「もー、兄ちゃんうるさいよ」
「だって……、なんでなんだ!」
理由がわからなさ過ぎて戸惑いを超え、だんだん自分を仲間外れにされたんじゃないかという悲観的な思考になってしまい、嵐山は涙目である。
コロをなでる手を止めて、迅は笑ったまま自分のズボンのポケットから財布を取り出す。その中から大切にしまっていた1枚の紙切れを出すと、それを双子に差し出した。
「じゃ、最後の1枚を使うかな」
「えー、迅さん今使うの?」
「仕方ないなー」
涙目の嵐山をそっちのけにしたまま、迅と双子はなにやらそんなやり取りをしている。副がその紙切れを受け取ると、佐補が思い出したように自分のポケットから違う紙切れを取り出した。
「じゃ、これ! 今年の分です。お納めください」
「おお、ありがたく頂きます。ありがとね」
佐補から受け取ると、迅は嬉しそうに笑いながら双子に向かってお礼を言う。そんな迅の様子を見て双子は満足そうに頷き合った。
完全に蚊帳の外にいる嵐山はそんな3人の様子を見て訳がわからないうえに疎外感で本当に泣こうかなと思ったとき、双子が嵐山の方にやって来る。
「もー、説明するから泣きそうな顔しないでよ」
「まあとりあえず、荷物置いて座りなよ兄ちゃん」
双子が嵐山に声を掛ける様子を楽しそうに見つめつつ、迅は佐補から受け取った紙を大事そうにまた財布の中にしまったのだった。
その後、荷物を置き手を洗ってきた嵐山は祖母お手製のおはぎを食べながら双子から事の顛末を聞いた。
「今日は、迅さんのお誕生日祝いをやろうと思って……」
「迅の誕生日祝い? え、だって迅の誕生日は先週だったぞ」
「知ってるよ。当日は桐絵ちゃんたちとか兄ちゃんたちとお祝いするんだから、うちはあえてずらしたんだもん」
「だったら俺にもやるって教えてくれても」
「兄ちゃん忙しそうだし、兄ちゃんいない中でやると兄ちゃん仲間外れにされたってすねるから言わないほうがいいのかなと思って……」
意地悪とかそんなのではなく、双子なりに嵐山に気を使った結果だったのだろう。決して仲間外れにされたのではないということはわかり安心したが、それはそれで少し寂しい。
「はっ、もしかして……去年とかも……」
「うん、兄ちゃん広報のイベントだったし」
「いつから……いつからなんだ」
「うちでやるようになったのは、いつからだっけ?」
「迅さんがうちに来て誕生日の話をした次の年だったから……」
「そんな前から……!」
知らなかったことに嵐山はショックを受ける。
「でも兄ちゃんは桐絵ちゃんたちとも、お友達とも一緒に迅さんのお誕生日祝えているんだからいいだろ」
「もともと始まりは兄ちゃんが迅さんの誕生日を教えてくれなかったらからだもん」
双子が口をとがらせて、ショックを受けている嵐山に向かってそんなことを言う。
事の始まりは嵐山と迅が高校生のときだった。
テスト前に迅に勉強を教えるということで嵐山家に来ていたが途中で集中力が切れてしまい、結局リビングで当時小学生だった双子と一緒にゲームをして遊んでいたときに、何気に先日あった迅の誕生日での玉狛の話をしていたことがあった。
その話題のすぐ後に嵐山に任務の件で電話がかかってきたため席を外した直後、双子が迅に詰め寄った。
「迅さん誕生日だったの!」
「あ、ああ。うん」
「知らなかった! なんで教えてくれなかったの!」
「兄ちゃんばっかりお祝いしてズルい! おれたちもお祝いしたかった!」
「うおっ、え? ええ?」
あまりの勢いで詰め寄ってくる双子に迅が戸惑っていると、そんな迅を放置して双子は背中を向けてなにやら相談をし始めた。そして二人はそのまま部屋を出たと思うと、すぐに戻って来て迅に紙切れを差し出してきたのである。
「え? なに……?」
「今日知ったからなにも用意できなかったけど、誕生日プレゼント!」
「来年はちゃんと用意するから!」
そう言って差し出された誕生日プレゼントと言う紙切れを受け取り、見てみるとそこには『迅さんのお願いごとをかなえる券(できるはんいで)』と書かれていた。
まだ小学生の二人が急遽用意できる、おこずかいも買いに行く時間も足りなく精一杯考えてくれた結果だろう。
その気持ちは十分に伝わってきて、迅はそっと笑った。
「うん、ありがとな二人とも」
そんな三人のやり取りを見ていた嵐山の母は「迅くん! 今日は夕飯をうちで食べていきなさいね! おばさん、この前迅くんが美味しいって言ってくれた唐揚げ作るから!」と言って財布を持って鶏肉を買いに走り、祖母は「じゃあ、おばあちゃんは迅くんが美味しいっていってくれたおはぎをまた今度作るからね」と言って笑ってくれた。
それ以降、嵐山家のみんなは毎年迅の誕生日を家族で祝ってくれようとしている。
本当にたまたま、嵐山家で迅の誕生日祝いをした日は毎年嵐山は夜遅くまで任務や仕事があり参加できず、そしてやっていることを知ったら自分だけ参加できず落ち込む長男の姿が想像できたので家族全員があえて言わずにいたため、今日まで嵐山は嵐山家で行われている迅の誕生日祝いの存在を知らなかったのだった。
……嵐山家は嘘は下手だが、嘘ではなく言わなかっただけなので気付かれることはなかったのである。
ちなみに、翌年にはおこずかいを二人で貯めたと思われる貯金箱を持って双子は迅にプレゼントのリクエストを聞き来たのだが、迅は今年もこれがいいと双子の手作り券を所望した。
「ええ? それでいいの?」
「これがいいんだよ。あ、一つ希望を聞いてもらえるなら『嵐山に双子が優しくする券』がいいな」
「それじゃ迅さんじゃなくて兄ちゃんが嬉しいだけじゃん!」
「いいんだよ。これでおれはすっごい助かるんだから。おれが嵐山を怒らせちゃいそうなときとか不機嫌になりそうなときに使わせてもらうんだよ」
そう言いながら悪戯っぽく笑う迅に双子は、迅さんがいいなら……と『兄ちゃんに優しくする券(三枚綴り)』をプレゼントすることになったのだった。
毎年ちゃんとプレゼントできるように、迅の誕生日のお祝いをするようにと双子が知恵を働かせて『有効期限は来年の迅さんの誕生日会まで』としたのは、さすが嵐山准の弟妹だと思ったのはここだけの話である。
双子よりそんな経緯を聞いた嵐山は、迅の方を見た。
迅は嵐山の恨めしそうな視線に気付いているはずなのに、気にすることなくおはぎを食べながら祖母に「おばあちゃんのおはぎ今年も美味しい! レイジさんが今度教えて欲しいって言ってた」と声を掛けている。
「……経緯はわかった。わかったが……俺も一緒にやりたかった!」
「だって兄ちゃん仕事だったもん」
「仕方ないでしょ。わたしたちだって迅さんお祝いしたかったし、ねー」
「ううっ」
「ほらほら、あなたたちそろそろ夕飯の用意するから手伝って」
テーブルに額をぶつけながら突っ伏して落ち込む嵐山と双子に母が大量の唐揚げを揚げながらそう声を掛けた。それと同じタイミングで玄関のドアが開く音が聞こえる。
「あ、父さんだ」
「ただいまー。イチゴのケーキ買って来たぞー!」
「……父さんはケーキを買いに行っていたのか」
双子は『兄ちゃんに優しくする券』というプレゼント、祖母はおはぎ、母は唐揚げを中心としたご馳走、そして父はイチゴのケーキ。嵐山家総出で迅の誕生日祝いをしようとしている。
……そんな家族団らんプラス迅の……自分の愛する者たちの集まりに自分はカウントされていなかったことに嵐山は泣きそうになっていた。
そんな嵐山の頭をぽんぽんと優しく叩きなでる感触がする。顔を上げると隣で頬杖をつきながら楽しそうに笑っている迅がこちらを見ていた。
「悪いな、おれだけこんな幸せもらっちゃって」
「……いや、それはいいんだ。むしろもっと幸せになってくれ」
「あれ? おれが嵐山家独り占めしたって怒んないの?」
「ばか、するわけないだろ。……うちの家族はみんな迅のこと大好きなんだから、みんな迅を祝えて嬉しいんだし迅にも喜んでもらえて嬉しいよ」
「……そっか。ふふ、ありがたいね」
嬉しそうに笑う迅を見て、嵐山はテーブルに伏せていた体を起こす。
「……みんなが、家族のみんなだけ迅をお祝いしていてズルいって思っただけだ」
「いやいや、おまえ玉狛でも同学年のみんなとも祝ってくれたじゃん」
「いいんだ! 迅の誕生日でおめでたいんだから全部俺も祝いたい!」
嵐山の勢いに目を丸くしたが、すぐに迅が笑った。
「……愛されてるね、おれ」
そう言って笑った迅の表情が、すごくやわらかく幸せそうだったので嵐山も嬉しそうに笑う。
やわらかく幸せそうに笑いあう二人の足元でコロが小さくワフ、と声を掛けてくる。
母が腕によりをかけたご馳走と父が買ってきたイチゴのケーキが用意され、すこし遅れた迅の誕生日祝いが始まろうとしていた。
「ハッピーバースデー!」
2025/4/9 Happybirthday Yuichi Jin!!