ショートストーリー・チャレンジ・1巻目 「デルパ!」「イルイル!」
二つの呪文を駆使すれば、どんなに巨体なモンスターでも出し入れして持ち歩くことができると言われる「魔法の筒」。大きさだけでなく、持ち運ぶ際に重さすら感じないというのだから、この筒には空間を歪ませるような強力な「魔法」がかかっていることは間違いなかった。
「じいちゃん! ゴメちゃんを助け出すことができたよ!」
モンスターばかりが住まうと言われるデルムリン島に、島唯一の人間の少年が帰ってきた。彼の「じいちゃん」、きめんどうしのブラスが住む家の前までキメラに跨り空から現れる。肩には攫われてしまっていた友達のゴメちゃんを乗せ、体には「魔法の筒」を大量に装着するためのベルトが巻かれていた。
「よくやったぞ、ダイ!」
ブラスは無事に帰ってきたダイとゴメを温かく迎え入れた。聞きたいことは山ほどあった。
「あのニセモノ勇者めを懲らしめてきたんじゃな!」
「まあね! それで、見ていたロモスの王様がおれの方がよっぽど勇者だったって!」
「なぬっ、ダイそれでお前はなんと……」
「あっじいちゃん。それでこの筒なんだけど……」
ダイが話を最後まで聞かずに、次の話題に移ってしまった。ブラスも、咎めることを忘れて黙った。ダイが話題とともに取り出してきたのは、ある特別な魔法の筒だったからだ。
「それは……ワシが魔王様から頂いた……」
「貸してくれてありがとう、じいちゃん。中のみんなもおれを助けてくれたよ」
ブラスは、自分で貸したくせに、内心では不安が消えて安堵したことを感じた。今、ダイの手の中にある魔法の筒は、かつて魔王が健在だった頃、「魔界の怪物が入っている」という情報とともに配下の自分に下賜されたものだった。
「……ところでさ。この中のみんなはどのくらいの時間、筒の中だったんだい?」
質問が聞こえてきた。だがブラスは答えなかった。魔王に筒を受け取ってから十数年、魔界の怪物とはどれほど恐ろしいのだろうかと考えたブラスは、一度も彼らを外に出したことがなかったからだ。
「……筒の中は空間だけじゃなく、時間もゆがんでいるはずじゃ。何年入っていても、ピンピンしとったろう?」
「うん、でも……」
まだ帰ってきたばかりというのに、ダイは元気よく島の海岸へと走って行った。そして攫われたばっかりだというのに、ゴメちゃんも元気よくついていく。途中、ダイが振り返ってブラスを手招きしたので、ブラスもよく分からないまま追いかけた。
開けた場所に着いた時、ダイは魔法の筒をいくつか取り出した。
「ダイ、なにを……」
「デルパ!」
魔界のモンスターが、筒から1匹ずつ飛び出した。モンスターの島と呼ばれるデルムリン島でも見られないような不思議な姿の生き物が、次から次へとブラスの目の前を横切っていく。
「みんな、本当にありがとう! 今日からみんなもこの島で一緒に暮らそう!」
「お、お前は! なんてことするんじゃ! ワシは悪者を懲らしめるため一時的に……」
「悪い奴を倒したら、また筒の中に閉じ込めちゃうのかい⁉︎ 魔界のモンスターで強くて怖いから?」
「…………」
ダイがまっすぐにブラスを見つめた。ふと、ブラスはもうひとつ視線も感じた。ダイから一旦体を逸らして横を見ると、そこには魔界のモンスターの一匹と思われる、顔全体がひとつの目玉になった恐ろしい生き物が立っていた。……いや、恐ろしいのとは違う。よく見ると、体はほっそり、手はちんまり、なかなか愛嬌があるモンスターだった。
(いかんな。恐ろしいモンスターじゃから避けてしまおうなどと、まるで人間のような考え方だったわい……)
人間の少年を、人間として育てようと過ごしてきたあまり、自分は人間の悪い心を宿しはじめてしまったのかもしれない。ブラスはそう思った。目の前の人間の少年は、自分達モンスターに囲まれて、こんなに屈託なく育ったというのに。ブラスはもう一回、ダイに向き直った。
「しょうがない。ならまずは彼奴らの住処をどこにするか考えんと」
「やったあ!」
二人のやりとりのそばで何かが動いているのが視界の端に映ったので、ダイとブラスが一緒にそちらを見た。
先ほどの一つ目のモンスターが嬉しそうにその場をぴょこぴょこと跳ねていた。