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    かもめ

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    かもめ

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    過去作。20190522

    #家歌
    familySong
    ##呪術

    【呪】家歌が手を繋ぐ ゆるりと意識が浮上して、家入硝子は自分が飲み会の喧騒の中にいたことを思い出した。いつの間にか少し眠っていたらしい。頭の奥がずんと鈍く痛む。座敷に座ったままのせいか、脚が僅かに痺れている。酒の席で寝落ちなんて滅多にやらかさないのに、ここ最近の寝不足が祟ったか。覚醒を促すためにぎゅっと目を瞑ると頭痛が酷くなった。

     目が覚めたのに身動きが取れないのは、隣の女性も家入に体重を預ける形で寝入っているからだ。アルコールと眠気でとろりと緩くなった思考に任せて、歌姫先輩、と甘えて彼女にもたれかかったのは覚えている。家入よりも少し背の高い庵歌姫の肩は、隣に座って頭を預けるのに丁度いい高さだった。どうやらそのまま眠ってしまった後に、庵の方も家入に寄り添ったまま寝落ちたらしい。

     対角線の向こうのテーブルはまさしく宴会という体で盛り上がっているが、二人の周りには人が少なかった。落ち着いて飲みたい者たちが数名、小声で話しているだけだ。家入が目覚めたことに気づいた者はまだいないようだった。誰かの笑い声が頭にガンガンと響く。目の前のテーブルの上にあるジョッキに纏わりついた水滴が、こうして壁際で寝入ってから随分時間が経っていることを物語っていた。ジョッキの中の金色の液体に浮いていたはずの泡はすっかり消えている。苦くて生ぬるい液体が喉を通り抜けるのを想像して、家入は思わず顔を顰めた。どの道、麦酒はあまり好きではない。

    ──歌姫先輩。

     彼女に触れている身体の左半分が妙に熱かった。隣に並んで互いにもたれかかっているせいで、顔は見えない。目を閉じて隣の気配に意識を集中させると、飲み会の騒がしさよりももっと近くですうすうと規則正しい寝息が聞こえた。麦酒の苦い香りの中に、何かの花に似た匂いが混じっている。ぴったりと寄り添うこの距離でないとわからない香りだ。胸の奥がじわりと熱を持った。

     ほんの薄く目を開くと、手と手が触れそうに近いことに気づいた。数センチの距離をゆっくりと縮める。手の甲同士がすれ違うように触れ合って、滑らかな肌を感じた。周囲の気配に気を配りながら、庵の手の甲を自分の手の甲でそっと撫でる。テーブルと二人の身体の影になって、余程近くに来なければこの手の動きは見えないだろう。首の後ろの産毛が逆立つような感覚を覚えながら庵の人差し指を掬い上げて、指先同士を絡める。皮膚と爪の境目を確かめるようになぞった。


     一度だけ、この爪に色を塗ったことがあった。左手は自分でできるのに利き手はうまくいかないとぼやいていたのを聞いて、手伝いを申し出たのだ。幾度となく遺体にメスを入れてきた指をすらりと長い庵の指に添えると、悦びとともに苦い目眩を覚えた。玩具のように小さい刷毛で、艶々した庵の爪を彩った。メスを握っている時は冷静に動いてくれる筈の指先が僅かに震えて、誤魔化すように細く息を吐いた。蛍光灯の青白い光が桜色のマニキュアに反射して目がちかちかした。宝物のように光る小さなラインストーンを、彼女に言われるがままにピンセットで摘んで薬指に乗せた。

    「やっぱり硝子は器用ね」

     そう言って朗らかに笑う庵の顔に、まだ傷痕がない頃だった。最後に透明なトップコートを塗って、ラインストーンを閉じ込めた。剥がれないように。失くさないように。願いを込めるように一本ずつネイルを仕上げると、彼女は ありがとう、と優しく言った。

     性格の悪い同級生が、その翌日はどこかの誰かとデートだったらしいと言っていた。


     思い出してしまったそのときのざらりとした感情を揉み消すように、絡めた指先にぎゅっと力を込めた。毛細血管が圧迫されて、今はもう何も塗っていない庵の爪が白くなる。肌の感触をもっと味わいたくて、丸っこい関節や指の付け根を擽りながら指を深く絡めた。

    「ん…………」

     好き勝手に素肌をまさぐっていると、規則的だった庵の寝息が浅くなった。寄り添った体温が僅かに身動ぎして、覚醒の気配を感じる。

     嫌だな、と思った。
     もう少しだけ、こうして体重を預け合っていたい。夢の中にいるような心地で、肌に触れていたい。

     自分から触って起こしたのに何を、と内心自嘲しながら、家入は庵にもたれかかったままもう一度目を閉じた。深く息を吐くと、僅かな時間気配を潜めていた甘美な眠気を感じる。

    「硝子……?」

     どうやら家入が目を閉じたのとほぼ入れ違いで、庵は目を覚ましたらしい。アルコールで掠れた囁き声で名前を呼ばれる。
     庵の呼びかけには応えずに、絡めたままだった指にそっと力を込めた。親指の腹で甘えるように庵の手を撫でる。
     しょうがないな、と言うように庵が微笑んだのが気配でわかった。指を絡めて繋いだ手を、甘く柔く握り返される。心臓がある辺りがきゅっと疼いて、家入は隣の柔らかな体温に頬を寄せた。

    fin.
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