【hrak】瀬+芦とダンスとカメラ 薄桃色の四肢が液晶画面の中で舞っている。まるでその小さな四角形の中は狭くてたまらないとでも言うように指や頭の先が時々フレームアウトしそうになる。芦戸三奈にレンズを向けている瀨呂範太は、その度に動きを追いかけて角度を変えた。
スマートフォンから流れる音楽に合わせて前後左右にステップを踏み、軽やかに揺れる腕が時折弧を描く。大きめのサイズのTシャツの裾がぱたぱたと揺れる。曲調や振付に合わせて表情もよく変わった。いつもはくりくりとよく動く瞳を細めて艶っぽく笑ったり、曲に合わせて動かす自らの指先を眩しそうに追いかけたり。
無造作にやっているように見えて、初心者が真似をしようとしても彼女のようにスマートにはならないことを、瀬呂は知っている。
「撮れたー!?」
音楽が止まって最後のポーズまでびしっと決めた芦戸は、曲が止まると人が変わったように無邪気な顔をして瀬呂に駆け寄ってくる。滲んだ汗で額に張り付いた前髪を、指先で邪魔そうに払いながら瀬呂が手にしたカメラを覗き込んだ。
ダンス隊が個人でも練習できるように動画を撮りたいから付き合ってくれ、と芦戸に頼まれたのは、昨日の休憩時間だった。今どきスマートフォンでもそれなりの画質で撮れるけれど、折角ならカメラで撮ろうか、と提案すると、瀬呂ってそんないいカメラ持ってんの? と驚かれた。
「めちゃくちゃ良いヤツってわけじゃないけど、スマホよりは良く撮れると思うぜ?」
「ほんとにー!? じゃあ瀬呂は本番も、それでカメラマンね」
「なんでだよ、演出やらせろよ」
写真に興味があって買い、寮にも持ってきたものの、完全に持ち腐れていたカメラの使い所を密かに探していたのもある。その日の夜は寮に帰ってから、久しぶりに出したカメラを色々と調整した。
「お、やっぱり綺麗に撮れるねえ」
あくまで主な用途は静画の機種だが、動画の画質や音質もそれなりのものを備えている。芦戸は「今んとこ、みんな揃うかな……」と珍しく眉間に皺を寄せてつい先ほど撮った動画を観ていた。
「ねえ今のもっかい見れる?」
「ココ触ったら五秒ずつ戻せるから……」
瀬呂はカメラごと芦戸に渡すと、簡単に操作方法を説明した。繰り返し観たいなら自分で操作した方が良いだろうし、小さな一つの画面を一緒に観る距離感にいると、汗が滲む項や緩めの襟元から覗く鎖骨がどうにも気になった。
瀬呂からカメラを受け取った芦戸は、同じところを繰り返し熱心に観ているようだった。途中から動画に合わせて手足を動かし始めたので、もし取り落としそうだったらすぐに止めようと思いながら瀬呂はその様子を眺めた。
「ねえこれ、わたしのケータイに送れる? ……あっ、ここ押せばいいのかな……。あ、あれ?」
暫くカメラの画面で動画を観ていた芦戸は、どこか間違ったボタンを操作してしまったようで画面を見て固まった。「どこ押したんだよ」と声をかけながら、瀬呂は芦戸の持ったカメラを覗く。
──あ、バレちゃったな。
カメラの液晶には、先ほどの動画を撮る前、準備運動と称して自由に踊っていた芦戸の写真が映っていた。瀬呂がこっそり撮ったものだ。
「盗撮じゃん!」
「わり。でもよくね?」
シャッタースピードが速いモードで撮っただけのことはある。指先まで全身でリズムに乗る彼女の様子が、集中していて、しかし楽しそうな彼女の表情が、何枚かの写真に収まっていた。そこらへんの携帯電話に搭載されたカメラだとこうはならないぞ、と満足した仕上がりだった。
「うーん、いいけどぉ」
「消した方がいいなら消すケド」
芦戸は、うーんとわざとらしく考え込んだ。この様子では、多分、割と気に入ってくれている。
「じゃあね、瀬呂は今から文化祭が終わるまで、A組のカメラマン! 私以外のみんなも写真撮って、文化祭終わったらいっぱいデコってコラージュしてアルバム作る! それなら許す!」
びしっ、と芝居がかった動作で瀬呂を指差しながら、芦戸は言った。不機嫌そうに唇を尖らせているが、踊った直後のせいか、はたまた自分の写真を見て照れたせいか、頬の薄桃色がいつもより濃いピンクになっているので迫力は全くない。
「お安い御用」
そもそもカメラを使わなきゃ勿体ないと思っていたところだ。
「じゃあ取り敢えず今日はダンス隊撮るからさ、みんな集めてもっかい踊ってくんね?」
「さっきの動画私に送る方が先!」
はいはい、と返事をしてカメラを操作しながら、楽しい役割がまた増えたな、と瀬呂はこっそり口元を緩めた。
fin.