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    abyssdweller_UR

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    万年リハビリ奴

    気休め 山鳥毛は則宗を抱きしめた時にかすかに香るにおいが好きだった。ただ隣にいるだけではわからない。強く抱きしめて、皮膚をくすぐる柔らかい髪を通り越し、そうして初めて知ることができる。誰も知らない則宗の内面を知ることができる優越感。暖かい体温も、ほのかなかおりも、山鳥毛の心を満たしてくれた。
    「……則宗」
     抱きしめた腕の中でもぞりと動いて、その度に強いにおいが鼻につく。いつもとは違うそれに思わず囲う力を弱めると、シャツを引かれた。
    「どうかしたか」
    「においが、」
    「におい……?」
    「ああ。いつもと違う」
     則宗は訝しむように己のにおいを嗅いで、よくわからないという表情を作る。
    「僕にはなにも感じないな。……くさいのか」
    「くさくはないが、いつもよりも香りが強い」
     そういうと則宗は驚いたように唯一出ている片目を見開いた。どうやら自身がにおいを放っていたことに気づいていなかったらしい。その事実がますます山鳥毛の優越感を刺激する。もう一度強く抱きしめようとして、手を叩かれた。
    「則宗?」
     則宗はくるりと逆を向き、袖を捲って自分の腕を眺めている。それからどんどん下に進んでいき、最後にはストンとズボンを下ろした。日焼けしていない白い下肢を無防備に晒し、山鳥毛は思わず目を逸らす。
    「どうも歩きにくいと思っていたんだ」
     先程よりもさらに濃いにおいが辺りを漂った。喉の粘膜にこびりつき、肺の内部を焼くような甘く重いにおい。粘り気が強く、吸い込むのにも苦労する。逸らしていた視線を則宗に戻すと、彼は左の太腿を掴み足を覗き込んでいた。
    「山鳥毛、ここをお前さんで切ってくれ」
     則宗は太腿のちょうど真ん中を指さす。
    「なぜ、」
     ちょっとしたお使いを頼むかのような気安い声に、山鳥毛の方が戸惑った。
    「この位置、自分じゃ切りにくいだろ。ちょうどお前さんがいることだし」
    「いや、なぜあなたの腿を切らねばならないのか聞いているのだ」
    「そりゃあ腐っちまったからだよ」
     則宗はゆっくり体をずらし、山鳥毛の方へ向き直す。白い足の付け根、そして視線を下にずらして膝の上当たり、そこに滲んだように紫のアザが広がっている。
    「いつ怪我を……」
    「怪我したんじゃない。腐ったんだ」
    「なぜ」
    「なぜ、なぜってお前さん聞いてばっかりだな」めんどくさそうにため息を吐く。「僕が顕現する時に、体をどうするかでもめたんだ。なにせ自立して外に出られるなんて滅多にあることじゃないからな」
     誰と、と聞くのは野暮だろうと山鳥毛は押し黙る。
    「それで喧嘩になって、結局、体を継ぎ接ぎにすことになったんだが……、これがうまく繋がっていられなくて腐っちまうのさ。この暑さで、どうやらいつもよりはやくその時期がきたらしい。さあ理由はわかっただろう。ひと思いにやってくれ」
     則宗は切りやすいように山鳥毛に足を差し出した。山鳥毛はごくりと生唾を飲む。アザが白い足にじわじわと広がっていくような錯覚に陥った。
    「僕を切ることなんて、なかなかできない体験だぞ」
     則宗は腿を凝視する山鳥毛の手を取り、色の変わった場所にそっと乗せた。そこは熱を持ち、変に柔らかい。そして少し手を動かすとまるで液体のように動いた。
    「はやくしろ」苛ついた声で急かしてくる。こうなれば目的が達成するまでしつこく促してくるだろう。長引かせれば長引かせるだけ面倒なことになることは、長い付き合いから考えて明白だった。
    「本当に良いのだな」
    「動かないものを付けておいてもしょうがないだろ」
     則宗はフンと鼻を鳴らす。その顔はなぜか自信に満ちていて、やけに凛々しい。山鳥毛はならば、と刀掛けから太刀を取り、抜き身を則宗の腿に当てた。
     皮膚は熟れすぎた果物の皮のように、ひたりと刃を当てただけで切れ目が入った。そこから力を入れずとも、崩れた肉がグズグズと漏れ出して、刃先を伝って畳に流れ落ちる。酷いにおいだった。ある種の甘さを通り越し、内臓を炙るような棘を持つ。山鳥毛はわずかに顔を歪ませ、力を込めた。
     固い骨を砕くように切ればその先はなにもしない崩れ落ちていく。足はドタリと畳に落ちて、山鳥毛は切れた反動でフラついた則宗を抱えるように支え、そのまま床に腰を下ろした。
    「さすがに良く切れる」
     則宗は満足そうに綺麗にできた断面に触れた。「ついでにお前さんの神気でそいつを処分してくれないか。僕は新しい足を縫いつけなきゃならん」残った足で切れて放置された足を突く。
    「欲しいならくれてやっても良いが」
     あまりにも悪趣味な発言に、山鳥毛は顔を顰めた。
    「私にそんな趣味はない」
    「怒るな、冗談だ」
     冗談でも不愉快には変わりない。放置された足は腐った肉を垂らしながら畳を汚している。
    「則宗、いらない足は私が燃やしてさしあげよう。しかし、汚れた畳はあなたが掃除しろ」
     山鳥毛の口から出た強い口調に、則宗は目を瞬かせた。
    「こんな酷いにおいが染み付いては、部屋にいることもできない」
    「僕にはわからないんだがなあ……まあ汚してしまったし、仕方ない。次やる時は汚れても構わん外でやろう」
    「次があるのか」
     山鳥毛は嫌そうな顔を隠しもせず言った。
    「そりゃあるさ。僕の体は継ぎ接ぎだってさっき言っただろ。また他の部位がそのうち腐る。お前さんに切ってもらった方が僕も楽だし、……それに、お前さんも僕が切れて、悪い話じゃないだろう?」
    「……無抵抗なものを切ってもつまらない」
    「なるほど、」思った以上に不貞腐れた声が出てしまったせいか、則宗は顔に喜色を浮かべる。その表情のなんといやらしいことか。
    「次はある程度反撃することにしよう。山鳥毛、もしお前の手を飛ばしてしまっても恨むなよ」
    「則宗それはこちらのセリフだ。せいぜいくっつかないほどバラバラにならないよう抵抗してみせろ」
     則宗が前髪の影から悪い顔を作ると、それにつられて山鳥毛も口角を引き上げた。
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    abyssdweller_UR

    REHABILIシドニー本丸
    アーモンドカフェ 則宗が庭に降りると重い羽音をたてて白い鳥たちが寄ってきた。きれいとは言えない鳴き声はまるで耳をつんざく絶叫のようで、黄色い冠羽を逆立たせ遠くの街まで届くような音量だった。則宗はそんな騒音に慣れたもので、何事もないように庭に置かれた椅子に座る。すると鳥たちは黒い足を不器用に動かしてヨチヨチ寄ってくるのだ。そのなかでも良く馴れたものは則宗の肩や足などに乗ってくる。それらは則宗の気を引くように、黒く大きな嘴で服を引っ張ったり、器用に動く指で則宗の指などを握っては催促するのだ。目的は則宗が持っているアーモンド。それが欲しくて彼らは人を模した刀にも愛嬌を振りまいている。
     この騒がしい本丸にやってきた当初は、則宗もこの状況に驚いた。なにせ見たこともない大きな白い鳥や、派手な色合いの鳥たちが集まってこの世の終わりのように鳴いているのだ。耳を塞いでも突き抜ける声量は到底我慢できるものではないのに、本丸を案内してくれた加州清光などは何も聞こえていないかのように涼しい顔をして、「あんたもそのうち慣れるよ」と笑って言った。慣れるはずないだろうと腹の底で思って数ヶ月、騒がしいことには変わりはないが不思議と気にはならなくなっていた。その頃には短刀たちの真似をして果物や水などをあげるようになり、庭に専用の椅子まで置いたのはつい最近のことだ。
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