花嫁の未知 ガチャッと扉の開く音の次に、バタバタと足音がする。次はきっと……ほら、いつもとおんなじ。背中にどすんと重みがきた。
「銀河くん!」
「またお前は……ノックしろって言ったよな」
「したよ!」
ノックの音なんて聞こえなかった。お前だけなら勝手に入ってもいい、なんて言ったのが悪かったのか、いつでも構わず突入してくる。
そして、幼い頃から変わらない、真っ先に背中に飛びかかる癖。
「嘘つくな。あと一ノ瀬先生な」
「銀河くんは銀河くんだもん」
「朝日奈」
「はぁい。一ノ瀬せんせー」
二人きりなんだからいいじゃんって文句、丸聞こえですよ、お嬢さん。普段から全然『一ノ瀬先生』なんて呼びやしない。
するりと前に回ってきた彼女の尖った唇を、もっと尖らせるように頬を摘んでやる。
そんななんてことないじゃれあいに、嬉しそうに目を細めて、擦り寄るように顔を近づけてくる。
まるで犬だな、と思ったことは口にしない。俺は大人だから。
あまりにも近づきすぎたら、引き剥がすように頭を掻き混ぜる。彼女はまた不満そうに唇を尖らせた。
こいつが何を求めているかなんてわかっている。ここまでしておいて、っていうのも。
そのままじゃれあっていると、必然的に甘い空気にだってなったりして。でも、こいつは知らない。大人がどれだけズルい生き物か。
「おい、こら。こっちは……だーめ。今はこれで我慢して」
俺は大人だ。重なりそうだった唇は、重なる前にちゃんと避ける。あからさまにしょんぼりした頭を撫でつけて、何度何度も撫でてやる。
「卒業までイイ子にしてたら、ちゃーんと俺がはじめてもらってやるから」
今は手を出す気なんてさらさらない。でも手放す気だってこれっぽちもないのだ。