2,前髪かきあげ(ユミクリ)「なあ。あんたそれ、前髪切った方がいいって」
ばさばさとホコリを立てて適当な掃除をしていたユミルが、ふと動きを止めて、ほうきの柄に手とあごを乗せて言った。
視線の先にはクリスタがいる。
「………………」
「いやいやいや、お前に言ってんだよ」
「……私?」
クリスタが机を拭くのをやめて振り向いた。長めの前髪が鼻筋から右目にかかっている。
「なあ、それ邪魔じゃない? 髪の毛。前とかちゃんと見えてないだろ? つかさ、そんなんで戦えんの?」
「……前はちゃんと見えてる。戦う時は括ってる。そもそも、あなたに口うるさく言われるような事じゃないでしょ」
クリスタが雑巾を握りしめて言い返す。
クリスタにしてはきつい口調だったが、ユミルはどこ吹く風だ。
「自分で自分の視界狭くするって、どういう理屈だよ? それとも何か、卑屈な理由でもあるのか?」
「………………」
「マジ図星? はっ、ダッセぇ! まさか自分の顔隠してるとか?」
「もう、うるっさい! 掃除しなよ!」
クリスタが一方的に会話をやめると、ユミルはやる気のなさを全面に押し出しつつ掃除を再開した。
「……でもさ、それ本当に少し切った方がいいよ。でなきゃ、色々困るだろ」
ユミルがなおも食い下がるので、クリスタはついに大声を出した。
「もうっ、別に困ったことないよ! なんなの一体!?」
顔を上げると、すぐそこにユミルがいた。ぶつかりそうになって、クリスタはとっさに動きが止まる。
「私が困るんだよ。こうするのにも……わざわざ髪、かきあげなきゃなんないからさ」
ユミルはクリスタの前髪を梳くように指を入れて上へ流し、現れた額に唇を寄せた。
「なっ、なんなの……? 本当なに今の……」
理解できずに小刻みに震えるクリスタからは、背を向けたユミルの表情は見えなかった。