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    江 谷

    過去のあれこれを供養してます。

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    POIPOI 19

    江 谷

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    たそがれる日向先輩 フェンスの向こうのコートを見ると、今は誰も使っていなかった。ちょうどよかったと、日向はボールを地面につきながらコートに入る。ゴール真正面のフリースローポイントに立ち、姿勢を整えボールを構えた。
     軽く息をはいてゴールを狙う。気持ちを集中させなければならないのに、頭の中では昼間見たリコと木吉の仲の良さげなツーショットが繰り返し再生されていた。
     雑念を追い払おうと何度かその場でドリブルをして構え直してみたが、姿勢が定るとやはり頭の中には二人がよみがえる。
    「くそっ!」
     やけくそで投げたボールは案の定ゴールリングに当たり、鈍い音を立てて誰もいない方向へと飛んでいった。
    「………………」
     動きもせず、ただボールが転がっていくのを見送っている。拾いに行かなければと思いはするが、頭も体も、今日は鈍くて仕方がなかった。

     リコと木吉が付き合っているのだろうということは、当時の日向も薄々感づいていた。ただ本人達があえて公言しなかったから、自分もできるだけ知らないようにと話題を遠ざけていた。だから、いつ別れたのか、なにが理由でそうなったのか、そういった詳しい事情を日向は未だに詳しく知らない。知りたいような、知りたくないような。誰にも相談できないモヤモヤを抱えたまま、結局なにも知らぬふりで、これまでと同じ距離で二人に対して接してきた。
     それがどうして、今では木吉は自分のことが気になるのだという。
     いやいやいや、お前は女と付き合ってたろ、しかも相手は日向が今もって淡い想いを寄せているリコで、別れたとはいえ木吉はそれを承知で「お前のことが気になる」だのと、一体どの口がものを言っているのか。木吉の頭がまったく分からない。たいした混迷ぶりだと日向は思う。

     のろのろとボールを拾いに足を運ぶが、目線は地面からはなれない。顔をあげて歩けない気分だ。こんなとき漫画やアニメならば、誰かの靴が視界に入って顔をあげるとそこに誰かが立っている、となるのだろうが現実には誰も来ない。モヤモヤした気持ちで一人ボールを拾いに動くだけだ。
     サイドラインをはみ出て止まっていたボールにたどり着き、腕をのばして拾おうとしたが、指先がボールに触れたところで動きが止まる。たくさんの情報が頭の中を駆け巡っているようで、本当はなにも考えていられないほど真っ白な気もする。
    「あーもう、なんだよこれ……」
     自分の情けなさに、日向は頭を抱えてその場にしゃがみこんでしまった。

    ***

     木吉が気づいた時、日向は驚いたような決まりが悪いような、複雑な表情をしていた。木吉は声をかけようと口を開いたが、日向の目がリコを見ていたことと、当のリコが日向にまったく気づいていないことがわかってしまったので、何も言えずに口を閉じた。
    「ちょっと、今の聞いてた?」
    「ああ、うん、ごめん」
     木吉がリコの声に顔を戻すと、リコは持っていたノートを木吉の顔の前まで突き出して「ちゃんと聞けぇ~」とぐりぐり顔に押し付けた。
    「リコ、苦しいって」
     木吉の困った声を聞いて、リコが軽やかに笑う。リコのこういう声を聞く時、ああ可愛いな、と木吉は思う。ノートをはがして、あらためて日向の方へ顔を向けると、日向はもういなくなっていた。

     なんとなく付き合いだして、やっぱり別れようと言われて別れた。自覚はあまりないが自分はボケているらしいので、しっかり者のリコには木吉のリズムがしんどかったのかもしれない。理由はよくわからない。だからといって、別れた後に関係が変わったかといえばそれはなく、リコとは以前からの仲間だし、これからも多分こんな感じで続くのだと思う。そういう意味では、木吉とリコの関係は恋愛ではなく、恋愛ごっこだったのだろう。
     その恋愛ごっこから抜け出し、木吉はいま本当の恋をしているかもしれないと思っている。かもしれない、というのはまだ自分の中でも答えがでていないからで、それもそのはず相手は同性で、しかもチームメイトで、普段から「お前が嫌いだ」と辛辣な言葉をよこしてくる、あの日向なのだ。戸惑わないわけがない。しかも木吉は生来の素直さで、空気も読まずに「お前が気になる」と相手に伝えてしまったものだから、いままでに輪をかけて避けられている。
     自分がしでかした事とはいえこれは辛い。地味にこたえる。せめて日向と、ちゃんと向かい合って話がしたい。いまの木吉はそればかりを願っている。

    ***
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