ほころぶ口元「リヴァイ、口を閉じなさい」
エルヴィンの声に、ゆっくりとリヴァイの口が閉じていく。無意識に唇が開いてしまうのは、リヴァイのよくない癖のうちのひとつだ。
つまらなさそうに報告書を読んでいた顔を確認してから手元に視線を落とし、エルヴィンが再び顔をあげた時には、もうリヴァイの口は半開きになっていた。
「君は、なにか考え事をしている時や放心している時に、よくそうやって口が半開きになっているね」
「………………」
面倒臭いことを指摘されたと思ったのか、リヴァイは表情を変えず返事もしなかった。無視することにしたらしい。
「個人的には構わないのだが、はたから見ると隙があるように映ることがある。甘く見られるのは好ましくないから、今のうちに直しなさい」
エルヴィンが説教じみたことを言うと、リヴァイは少し間をあけてから「努力する」と答えた。
◆
「リヴァイ、口を閉じなさい」
大木の陰に入り、幹を背に空を見ていた時だった。
流れる雲と、その下を横切って飛ぶ鳥たち。空は青く高く、どこまでも続いているに違いないと思わせる。風が吹き髪の毛を遊ばせ、頭上からはサラサラという葉擦れの音がしていた。
声の主に目をやると、エルヴィンがこちらに向かって歩いている。
リヴァイは舌打ちをして顔を背けた。
エルヴィンが隣に到着する。
「また口が開いていたぞ。気持ちがいいのは分かるが、そうみだりにとぼけた顔をするもんじゃない」
「間抜け面で悪かったな」
「そこまでは言ってない。口の中が渇いてしまうぞ」
「……渇かねぇよ」
「そうかな?」
エルヴィンはリヴァイの顔をのぞき込むように体を曲げて、その唇に唇を合わせた。
「……なにしやがる」
「まもなく集合だ。遅れず来るように」
「遅れたことはないだろ」
「返事は?」
「……了解した」
◆
「リヴァイ、口をあけて」
頬を撫でていたエルヴィンの親指がリヴァイの唇をなぞる。リヴァイは素直に口を開け、その指先を軽く噛んだ。
その様子を見てエルヴィンは少し微笑み、リヴァイの顎を持ち上げ唇を重ねる。
「開けろと言ったり閉じろと言ったり……好き勝手な奴だ」
「強制はしていないが?」
「いつも命令口調じゃねえか。なに言ってやがる」
「選んでいるのは君だろう」
「………………」
人を説き伏せるための言葉を多く持つエルヴィンには、リヴァイは口では敵わない。大抵いつも、リヴァイが言い負かされた形で会話が終わる。
たまにはエルヴィンを黙らせてみたいとリヴァイは思う。
「選択肢は示すが、俺に選択権はない。お前はいつもそうだ」
「俺はそこまで嫌な奴じゃないよ」
「嫌な奴だろ。たまに自分が分からなくなる」
「そうか……。じゃあ、お前は今なにがしたい?」
「そうだな……俺は……」
リヴァイはエルヴィンのジャケットの襟を握って引き寄せ、今度は自分から唇を合わせた。
「俺は、俺の意思で、俺のやりたいようにやる。付き合えエルヴィン」
「本当に、お前は負けず嫌いだよ」
苦笑しながら、エルヴィンはリヴァイを伴って隣室に移動した。
──────────────────
いつかのフラウの表紙から
◆
「おはようございます、兵長。今日はよろしくお願いします!」撮影スタジオに入ると顔見知りが声をかけてきた。今日は俺専属のスタッフだという。「今日はスチル撮影だけなんで……あ、はい衣装もそのままで。あの赤い椅子に座って本読んでて頂けてたらいいです。本、足りなかったら、こちらから持って行ってください」と言うので、あらかじめ積まれている本に数冊追加した。すぐに撮影が始まるのかと思いきや、準備が押しているので座って読みながら待ってて欲しいと言われたので、その通りにする。
◇30分後◇
「どうだい、リヴァイの様子は」「エルヴィン団長、おはようございます」「あれは仕事を……ああ、随分集中しているね」「え……そうなんですか」団長は微かに笑うと「よろしく頼む」と帰っていかれた。兵長はいつものように足を組み、ただ本を読んでいるだけのように見えた。この写真だけで、どれだけの金が兵団に落ちるのかと思うと……自分は大人が少し怖くなった。