「──来年、ですか? おそれながら四回目の宴では皆様より、百年前には通達がほしいと仰られておりました。あまりに急なのでは……」
「あの時は忘れていたが、もうじき絶雲の千年桃花が咲く時期になる。これを逃す手はあるまい」
厳密に言えば岩王帝君が『忘れる』ことはそれこそ摩耗でもなければありえないが、単純に一時的な失念をしていることはあるらしい。
よい宴になるだろう、と、すでに楽しげな顔で酒の手配についてなどを語りはじめた主君を前に、甘雨は思いとどまらせることを諦めた。──またいくつかの国からは文句が届くだろうが、こうなっては早めに日取りを決めて各国に知らせを出すしかないだろう。
──時は、璃月港に不思議な旅人が訪れるより千年足らずを遡った、岩王帝君が健在であった時代。魔神戦争が終結し、国の姿も現在の形をあらわしはじめた頃。初代・俗世の七執政──七柱の神々は璃月の地に時折集っては語らう慣習が出来ていた。
他ならぬ神々が一同に集う場である故、この酒宴に繊細で脆弱な人間が同席することは極めて難しい。大抵の者たちは威圧感にあてられ気を失うか、軽度でも畏れおののいて言葉を紡げなくなってしまう。
だからこそ、この酒宴の差配役には毎回甘雨が任じられた。気位の高い仙人たちは裏方の仕事に向かなかったが、甘雨は礼を尽くして彼らを迎える役目を全うした。──神々の中には、岩王帝君以外にも魔神戦争を戦い抜いた甘雨を見ていた面々もおり、時には思い出話に慌てふためいては宴の席に笑いを誘っていた。時には、他国の神が連れてきた彼女らの眷属である小さな子狐と親交を交わしたこともある。
それでも、多くの場面では甘雨は表には立たず仙霊たちに指示を出し神々の宴が滞りなく進むように努め、衝立の陰のあたりに居たものだったが──岩王帝君が放って置くはずもなく、時折声をかけては同席を勧めるのだった。
豪華な食事が並ぶ卓上を前にする苦悩を分かっていただけないものか、とは言えないものの、甘雨が引き下がろうとすると──岩王帝君は杯の酒に浮かぶ薄紅の花びらを一枚指で持ち上げると、美酒の露を含んだそれを甘雨の前に差し出して見せた。
つい、いつも清心の花びらでそうされてきた時のように唇を開き、はむりとそれを食べてしまってから──慌てて礼を告げると赤くなり裏方に戻ってしまった。人間の里では、果実を口にすれば寿命が十年延びるとも言われる貴重な仙木の花びらで、桃の豊かな香気を纏う酒を含んだその味を、甘雨は今も忘れられない。