あるいは、ご褒美「……岩王帝君の信仰が、そう容易く廃れるなどとは思いません。ですが、人間は百年生きることさえ難しいのです。迎仙儀式が失われ、帝君が璃月に姿を現さなくなってしまったら……」
信仰は、はたして千年続くだろうか。──かつて戦いの中だけではなく信者を失うことで、大陸から消え去っていった神々のことを何度となく聞いている。今でこそ璃月で岩王帝君の存在は磐石のものだけれど、誰も見たことのない存在となってしまった神を人々は信じ続けてくれるだろうか。
あるいは、人々の興味は新たなモラクスに移ってゆくのではないか。
「盤石もいつかは崩れる。何、そう悪いことばかりではない」
静かに涙をこぼし続ける甘雨の頭を、優しく鍾離が撫でた。声こそ上げなかったものの子供のように泣く麒麟に、それは悲劇ではないのだと彼は伝えてやりたかった。
「俺はお前より永くは生きたくないからな」
「──帝、」
数秒間時が止まった思いがした。
衝立にほぼ遮られているとはいえ、給仕や客が通りかかる茶館の一角。もちろん、呼んではいけない名を口にしかけた自分が悪いのだとは分かっているけれど、──しかし。
唇は触れ合い、甘雨が完全に名を飲み込んでしまうまでそれは続いた。茶をつぎ足しに来た給仕が慌てて踵を返した気配があり、甘雨の心臓がさらに跳ね上がったけれど『往生堂の客卿』の方はまるでお構いなしである。
「次もこの手を使おう」
「………、……先生……」
「それとも、稼業人の俺では──玉京台で栄えある役目を務めるお前に、釣り合わないだろうか」
──煙緋さんの天秤を貸してほしい。絶対に自分の価値の方が塵のごとく軽いというのに、この方は何を言っているのだろう!
言い返したかったものの、下手な言葉を紡げば再び『お仕置き』にあいそうで甘雨の唇は声音を作りきれず、戸惑って動くばかり。楽しそうに眺めていた鍾離はそこへ指先で触れ、彼女がもう泣き顔ではないことに満足した。
「……私も仕返しを、します」
「それが公平だな。楽しみにしている」
彼の笑顔はどこまでも穏やかだというのに、どうしようもない敗北感をもたらしてしまうのだった。