Love Heals『──もしもし?』
深夜のバルコニーに聴き慣れた声がりんと響く。
リンクシェルの向こうにいるであろう、ふわふわした長い髪を結った眼鏡の青年の姿が、まるで本当にそこにいるかのようにわかった。
「やぁ、まだ起きてた?」
『まあね。納品用の薬がまだ全部できてなくて…何か用事?』
「いや、君の声が恋しくて」
『また調子のいいこと言って…』
ウェドは大きく息を吐き、緩い海風がタバコの煙をさらっていくのを目で追う。
『あ。タバコ吸ってるでしょ』
「今日はまだ2本目だ」
『ってことは3本目だ?ほどほどにしときなよ』
「なんでわかるかな…」
『伊達に君のヒーラーやってないからね』
柔らかな声が耳に心地いい。
言われた通りにタバコの火を消す。
『…なにかあったんだね』
「いや別に。何も」
『ふぅん?』
挑発するような声音だった。
すっと目を細めた様子が容易に想像できる。
「……君はいつも、人を癒す時にどうしてるんだ?」
『…はい?』
「君は凄腕の癒し手だ。身体の傷だけじゃない。君は以前俺の魂を癒して、救った。それをやるにはどうすればいいんだ?」
『……それは、どうすればって言われても──』
あからさまに困惑しているのだろう、言葉を探しているのか、話し口がまごつく。
「──どうしても、癒されてほしい人がいるんだ。心も身体も傷付いているのに、きっとそれが当たり前になってしまってる」
『……まるでどこかの誰かさんみたいだね』
ふ、と息を吐く音。
『……何も難しいことないじゃないか。いつか君が僕にしてくれたように、寄り添っていることだよ。僕だって、君のその馬鹿みたいに優しくて穏やかな掌に救われてきたんだから』
「…俺にもできると思うか?」
『…らしくないんじゃないの、ウェド』
きっと彼はメガネを正しながらリンクシェルの向こうで微笑んでいるのだろう。声を聞けば、表情もわかる。
「…は、そうだな」
『僕も人に言えたこっちゃないけど、あんまり夜更かししないようにね。冒険者は身体が資本なんだから…あ、あと今度帰ってくる時にいくつか買い物頼まれて。リストは送るから』
「はいはい」
『ハイは』
「一回な!了解だ。──ありがとう、カナ」
『どういたしまして。おやすみ、ウェド』
「ああ、おやすみ」
相手から通信が切れると、ウェドはゆったりとした足取りで室内へ戻る。
寝台の上には穏やかな表情で眠るテッドの姿があった。
側に跪き、そっと髪を撫でる。
寄り添っていること。それが本当に彼を癒すことになるかはわからないが…
蝋燭の灯りを落とし、自分も寝台へ潜り込む。
決して肌寒い夜ではないが、伝わる体温が、自分の隣にテッドがいるというその事実が、ウェドの落ち込んだ心を癒していくのだった。