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    Ydnasxdew

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    Ydnasxdew

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    倒錯したウェドを追いかけるテッドくん

    #WT

    Fall in to the Depth─声が、呼んでいる。ずっと呼ばれている。誰ともしれぬ声が、その手を離せと、全てを捨てろと語りかけてくる。
    深い、深い水底へ…身体も、意識も、引き摺り込まれていく。暗闇に沈むにつれ響く声が大きくなり、身の内からいくつも温かな光がこぼれ落ちていく。
    それは穏やかな語らい。それは強い絆。それは美しい約束。必死に手を伸ばしても、光の群は戻ることなく声の主であろう得体の知れない何かに飲み込まれてしまう。
    するともう思い出せない。あれはなんだったか。あの光は、いったい…。頭が痛い。呼吸が苦しい。何のために抗っているのだったか。もういい、もう終わりたい。楽になりたい…。

    そう思った時、脳裏に太陽のように眩しい笑顔が浮かび上がってきた。
     (テッド…)
    永劫に思えるこの深淵に漂い、記憶も心もばらばらに解けていく中で、その光だけは逃すまいと必死に強く抱きしめる。ぼんやりしていく頭でも、これだけははっきりわかった。

    この輝きだけは…決して失うわけにはいかない。

    *****

    テッドは波間に揺れる中型の船の船首に立ち、じっと水平線を見つめていた。手元の小さなモニター上で二つの光が明滅し、自分が目標へ近づいていることを知らせている。
    「見えたぞ、兄ちゃん!あれがあんたの目的地の幽霊島だ!」
    船頭の男に声をかけられて目を凝らす。どんよりとした海と空の境界線に、突然その小さな島は現れた。
    「…あれが……」
    「十年くらい前か、島の人間が全員煙のごとく消えちまって、以来人の出入りも無え。気まぐれに近寄れば幽霊に船をひっくり返されちまうってんで、今じゃ誰も寄り付かねえ南の孤島だ…本当に行くのかい?」
    「うん、行く。…絶対に行かなきゃならないんだ」

    *****

    テッドとサリアが転送された先は、カナの診療所の前だった。動揺し、憔悴してすぐにでも戻ろうとするテッドをなだめ、カナはサリアを診察台に寝かせ、テッドには鎮静作用のある薬草茶を淹れて飲ませる。混乱する頭をなんとか冷静に働かせながら、テッドは身に起きた出来事を順を追って話した。事態を把握したカナが難しい顔をしてテッドの対面へ腰掛ける。
    「…まず彼女のこと。急激にエーテルを奪われたようだったけど、命は取り留めたよ。安静に寝かせていれば、じきに目を覚ますはず」
    「そっか、よかった…」
    テッドは素直に安堵の息を漏らした。脅威であり、何度も嫌な思いをさせられた相手とはいえ、こんな酷いことで死んでほしくはない。
    「次にウェドのこと。聞いた限りの様子だと、既に体内のエーテルをかなり乱されてるはず…魂を完全に支配されてしまったら、もう…」
    カナは焦りの滲む表情で着物の袂を握りしめた。その拳が、喪失の恐怖に震えている。テッドはカナの手に自分の手を重ねると、力強く握った。
    「ウェドは俺に〝逃げろ〟じゃなくて〝退け〟って言った。ウェドはきっとまだ諦めてない…!助けに行かなきゃ。お願いカナ、手を貸して!手遅れになる前に…!」
    カナは力強く頷き立ち上がると、調薬棚を物色し始めた。テッドにはよくわからないさまざまな薬草や薬剤が、机の上に次々と並べられていく。集められた材料は慣れた手つきで組み合わせられ、小さな鍋へ入れられた。
    「テッドくん、その指輪の石を見せて」
    テッドは薬指に嵌めていた指輪をカナへ渡す。
    「ウェドの故郷のクリスタル…これが、彼に流れ込んだ異質なエーテルを増幅させたのかも」
    カナはテッドの指輪を作業台へ持っていくと、しばらくの間様々な調合をしてはメモをとっていた。そのうち、真紅の色をした鉱石のかけらを細かく砕いて火にかけ溶かし、薬草とともに煮出し始める。
    「いちかばちかだ。このクリスタルが持つ属性を弱める毒薬を打ち込んで、ウェドの中に入り込んだ異質なエーテルを消滅させる。もう手遅れならその時は…」
     刹那、世界の全てが止まったように思えた。テッドを振り返ったカナの瞳が、強い意思を持って輝いた。
    「…ウェドがウェドであるうちに、彼の信じる正しい精霊の許へ還してあげて」

    *****

    時刻は既に深夜だった。朝を待って休むことにしたものの、はやる気持ちが抑えられない。取り急ぎイエロージャケットの緊急通信へ繋ぎ、ことのあらましを通報する。明日の朝にはグランドカンパニーまで脅威の報告はいくだろうが、最優先で動いてはもらえないだろう。
    身体を清め、傷の手当てをしてもらって寝台の毛布に包まる。ウェドの葉巻入れにこっそりと仕込んだ発信機は、遠く南の方角を指していた。
    あの時は応戦するのに必死だったが、本気で自分を殺そうと武器を振るうウェドの姿が思い出され、今になって恐怖に震える。正気じゃなかった。そう思っても、ショックで心が締め付けられた。
    (あんなのウェドじゃない。早く、早くしないと。ウェドが本当にウェドじゃなくなってしまう前に…)
    最後に見たウェドその人の優しさを帯びた眼差しが、まだテッドを捉えたままでいる。テッドはその晩、なんとか眠ろうと目を閉じては、瞼の裏に浮かぶ妖異と化したウェドの幻に飛び起きた。

    *****

    翌朝、幸運は思いがけずやってきた。
    以前テッドたちがラノシアで助けたアウラ族の男がカナを訪ねてきて、事情を聞くなり協力を申し出てきたのだ。各地に情報網を持つ男の協力が功を成し、エールポートに停泊中の商船がこの後すぐに南洋海域へ出ることがわかった。テッドは装備を念入りに確認し、出発の準備を整える。
    「船は小さくて、今の乗員の他にはひとりしか乗せる余裕は無いそうだ。俺は転移魔法が苦手だから案内は出来ないんだが…」
    「ううん、ありがとう。十分だよ」
    微笑みアウラの男へ礼を述べるテッドに、カナが何か手渡した。
    「これが例の毒薬のアンプルだ。予備も併せて三つ入ってる…大丈夫、ウェドに普通の毒は効かないから、痛いし苦しいだろうけど死ぬことはないよ」
    革製のアンプルケースに固定された小さな薬瓶の中で、赤い液体が揺れている。それに重ねて、クリスタルの欠片がはめられた小型の装置があった。
    「これは?」
    「転移装置の一種でね、座標になる装置を持ってる人のところへ一度だけ転移できるワープクリスタルだよ。ウェドが昔いくつか買ってきて、ほったらかしてたやつを発掘してきた」
    カナはそれをテッドに握らせると、不敵に笑って見せる。
    「これが座標装置。サリアさんが無事に目を覚ましたら、僕もあとから必ず行くから」
    眼鏡の奥の澄んだ瞳が湛える青はウェドの青とは違ったが、よく似たその輝きはテッドの心を奮わせた。大斧を背負い、腰に小さな魔導書を固定する。頭上で聞き慣れた甲高い鳴き声がした。美しい鳶色の翼が、テッドの肩へ舞い降りる。
    「アンバー、君にも頼みたいことがあるんだ。テッドくんには先に行ってもらおう」
    カナの言葉を聞き、賢い雌鷹は一度身体を震わせると今度はカナの腕へ飛び移った。金環に包まれた真っ黒な瞳が、テッドをじっと見つめている。
    「…任せて、アンバー。俺、カナとアンバーが来る前にウェドのこと助けちゃうから!」

    *****

    テッドを乗せた船がエールポートを出港してから、丸一日が過ぎていた。船上で一人過ごす夜は寂しさと恐怖を煽り、迎えた陽の無い朝はどんよりと暗く垂れ込めた雲を伴ってテッドの心に不安を渦巻かせる。
    (ウェドに会うのがこわい。向き合うのがこわい。でも…ウェドはきっと俺の事を待ってる。お願い、間に合ってくれ…!)
    突然聞こえた船頭の声掛けに、テッドは前方の島を見据える。と、船の真上を大きな影が横切った。
    「な、なんだァ⁉」
    その影はすうと高度を落とし、テッドの隣で船と速度を揃えて並走しはじめる。
    「…おまえは、もしかして…!ウェドの騎獣の…⁉」
    美しく翡翠色の軌跡を描きながら翼を広げたその大鷲は、テッドをちらと見やるとさらに船体へ身を寄せる。
    「…乗れ、っていうんだね。お願い、あの島へ俺を連れて行って…一刻も早く!」
    テッドが助走をつけてその背中へ飛び乗ると、大鷲はぐんとスピードを上げて空へ駆け出した。遠くなっていく船を振り返り、叫ぶ。
    「船頭さん!ここまでありがとう!」
    「おう!気を付けろよ坊主ー!」
    雲が霧になってじっとりと肌を濡らす。遠く南の海へ来たというのに、頬を撫でていく風はいやに冷たい。大鷲の背に運ばれている時間が、テッドには数時間のようにも感じられた。

    *****

    ざり、と地を踏む音と共に、テッドは久々に踏む大地の感覚にほっと息を吐いた。あたりを見渡すと、正面には熱帯雨林。背後は険しい崖になっており、眼下では波が岩場にぶつかって激しく飛沫があがっている。
    テッドが大鷲の首元をひと撫でして感謝を伝えると、大鷲は遠く高い空へ飛び去って行った。手元の装置を見る。二つのマーカーはほぼ重なっており、規則的な点滅を繰り返していた。
    「ウェド…」
    テッドは意を決して、見知らぬ島の中へ足を踏み出した。慎重だった歩調が、一歩、また一歩と進む度に速度を増していく。気がつけば、なりふり構わずに駆け出していた。
    「ウェド…っ、ウェドーッ!どこにいるの…!」
    熱帯の植物に囲まれたなだらかな斜面を降りていくと、建物の痕跡があった。真っ黒に焦げた木製の柱がいくつか立ち並び、かろうじてここに集落があったことを無言で物語っている。
    広場の役目をしていたのだろうか、残骸の中央に拓けた空間があり、大きな岩に立てかけられた木に結ばれた麻紐やぼろ切れが風にはためいていた。だが、人の気配はもちろんのこと、遺骨や戦争の形跡は無い。
    (…妙な感じだ。背筋がぞわぞわする)
    悪寒を振り落としながらテッドが広場を抜けようとした矢先、背後の岩壁が突然大きな音を立てて崩れ、木柱の残骸が倒壊した。咄嗟に腕で頭を庇う。うっすらと目を開けると、岩壁を突き破り吹き飛ばされてきた何かの影が、瓦礫の中からふらりと立ち上がるのが見えた。
    …顔に走る十字の傷跡。大槍を支えに口元を伝う鮮血を拭うその人物…アルダシア・ガラムは、テッドに気付くなり怒号を上げた。
    「馬鹿がッ!お前如きが何故ここにいる!足手纏いだ、邪魔をするな!…ッく!」
    「アル⁉…ぅわっ!」
    アルダシアを追いかけ足元へ攻撃がいくつも着弾し、地面が爆ぜる。テッドは慌てて背後へ飛びすさり、背負った斧を振り構えた。
    砂塵の彼方から現れた人物に息を呑む。

    「──ウェド…」

    崩れた岩壁の向こうから銃を構えたその男は、青い瞳に暗く影を落としたまま無表情に佇んでいた──。

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