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    chartreuse

    @chartreusa

    夏五と膝髭

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    chartreuse

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    教祖の夏油に飼われている五条の話。
    呪術界的には夏油は呪詛師として処刑対象、五条は行方不明な状態のif世界線です。モブが死にます。
    直接的な描写はありませんが、夏五の性行為を匂わせる表現があります。
    モブ少女視点→五条視点

    #夏五
    GeGo

    白い部屋の主 恐る恐る開いた扉の先は、一面の白だった。



     少女は両親に連れられて、ある宗教団体の施設を訪れた。
     この教団の教祖様のお陰で祖父の病気が治って、お礼をしに行くのだと母が言っていた。治療の甲斐もなくどんどん衰弱していく祖父に教祖様が手を翳すと、立ち所に症状が良くなったのだという。
     人々を導き救済することを責務とされ、多忙を極める教祖様に御目通りが叶うと聞いて両親は大喜びだ。だが少女は幼さ故か、信心深い彼らと同じ熱量を持ち合わせていなかった。渡り廊下に面した庭に咲く色とりどりの花に心惹かれて少し側を離れた際に、案内役の教団関係者と両親の姿を見失ってしまう。
     気づけば、初めて来た知らない場所にぽつんと一人。
     心細くなりながら長い廊下を彷徨い歩く。道を聞こうにも誰の姿も見つけられなかった。入り組んだ建物内は、進めば進むほどどちらから来たのかも分からなくなる。

     そうしているうちに辿り着いたのは、壁も、床も、天井も真っ白な部屋。部屋の奥に見える扉に至るまで、そこは白一色に染まっていた。
     がらんとした部屋の真ん中に天蓋付きの寝台が置いてある。窓から差し込む陽の光に照らされて、レースのカーテンが煌めいていた。それが何故だか妙に気になって、吸い寄せられるように歩を進める。
     中ほどまで進むとそこに誰かが横たわっていることに気づき、少女は驚いて足を止めた。
     勝手に入ったことを知られればきっと叱られてしまうと身を固くする。しかし、きちんと謝罪をして迷ったことを伝えれば、戻り方を教えてもらえるかもしれない。そう思い、謝罪の言葉を頭の中で唱えて心の準備をするが、人陰が動く気配はなかった。
     部屋の主は眠っているのだろうか。

     ゆっくりと寝台へ近づく。
     その姿がはっきりと見えるところまで来ると、少女は思わず息を呑んだ。

     透き通るような真っ白な肌と白銀の髪。伏せられた瞼は長い睫毛に縁取られ、高い鼻梁と細い頤が、繊細さと高貴さを漂わせている。唇は可憐な桜色に色づいており、まるで作り物のような、非の打ち所がない美しさを携えた人間が眠りに就いていた。
     眠っている、という認識が果たして正しいのだろうか。
     確かに人のかたちをしている。だが少女は目の前の存在が自分達と同じ人間だとは到底思えなかった。

     ――大きな、お人形?

     祖母が大切にしているビスクドールを見せてもらったときに似た印象を受けた。
     ビスクドールとは違い華やかなドレスではなく、白を基調とした美しい着物を着せられていた。着物の裾や袖は少し乱れて、白く長い脚が膝下まで覗いている。首に嵌められた首輪の赤だけが異質さを放っていた。

    「きれい……」

     思わず手を伸ばす。
     その指がまさに触れようとした瞬間。前触れもなく瞼が開かれ、大きな瞳がぎょろりと少女へ向く。

    「誰」

     弾かれたように手を引っ込めた。驚いた少女は胸の前で両手を握りしめて、数歩後ずさる。
     凛とした男性の声だった。
     彼はたおやかに身を起こし、正面から少女を見据える。その瞳は、揺れる水面を映したように神秘的な色をしていた。

    「……信者の子かな」

     彼が首を傾げると、しゃら、と鎖の擦れる音がした。
     着物に不釣り合いな赤い革の首輪。その中心に繋がった大きな鎖が寝台の下に伸びている。

    「道に迷ったの?」

     圧倒されて声も出せない少女がこくこくと首を縦に振ると、彼は立ち上がった。そうして初めて、少女は自分が知る誰よりも彼の背丈が高いことに気づいた。
     小柄な少女は、大人に見下ろされるのが威圧的に感じて苦手だった。けれど、何故だかいつものそれを感じない。それどころか彼の内から溢れ出る輝きに煌々と照らされているような、浄化されていくような心地さえした。
     熱心に見つめていると、「うん?」と首を傾げた彼は、その場にしゃがんで少女と目線の高さを合わせる。長い睫毛に縁取られた青の瞳は、間近で見ると一層美しく感じた。

    「お兄さんは、天使様……?」

     問いながらもどこか確信めいた少女の語調に、彼はおかしそうに笑う。

    「あっは! そんなこと初めて言われたよ。残念だけど、僕は人間」

     そう思った人が誰もいなかっただなんて信じられなかった。
     彼の姿かたちが、仕草が、纏う空気が、この世の美を全て集めて創られたと言っても過言ではなかったからだ。

    「天使に会ったことがあるの? 僕に似てる?」
    「あ……ごめんなさい、ご本でしか見たことがないの。だけど、髪も、目も、きらきら光っててすごく綺麗だから……」

     一瞬でも目を離せば消えてしまいそうな現実感のない美しさ。
     天使が存在するならば、きっと彼のような姿をしていると思った。
     そう告げる言葉を微笑みながら聞いていた彼が、ふと何かに気づいたように顔を上げる。

    「あ、のんびりお喋りしてる場合じゃなかった。すぐるが戻る前に出ないと」

     ――すぐる……夏油傑様?

     その名前には聞き覚えがあった。教祖様の名前だ。
     だが両親も、教団関係者も、皆「夏油様」と呼んでいた。名前を口にするのは恐れ多いことで、軽々しく口に出してはいけないときつく言われている。
     彼は、教祖様と親しい間柄なのだろうか。

     鎖を引きずる彼の後ろを付いていき、入ったときと同じ扉へと戻ってきた。彼は少女を廊下へ出るように促すと自身も一歩外へ出る。
     まっすぐに伸びた長い腕と綺麗な指先が廊下の先を指差す。そうしているだけで一枚の絵画を見ているようだった。

    「ここを進んで、突き当りを右に行って、左に曲がって、また右に曲がる。そしたら庭園まで出られるから、きっと誰かに見つけてもらえると思うよ」

     柔らかそうな唇が言葉を紡ぐ様子にうっとりと目を奪われてしまう。
    「覚えた?」と問いかけられ、はっとして一瞬前の記憶を呼び起こし、頷いた。

    「付いて行ってあげられたらいいんだけど……僕はここまでだから」

     伏せた視線を辿って足元を見ると、鎖はちょうど扉の前までの長さしかないようだった。彼はこの部屋から出るのを許されていないのだろうか。
     それが、数々の物語に登場する囚われのお姫様を思い起こさせた。悪者に攫われたお姫様は悲しみに暮れ、一人きりで助けを待つ他ない運命にある。

    「悪いひとに捕まっちゃったの?」

     心配そうに問いかける少女に、彼は首を横に振った。

    「ううん。僕が望んでここにいるの」

     自らの意思で鎖に繋がれているのだと、慈愛に満ちた表情で彼は言う。
     少女にはよく分からなかった。

    「もうここへは来ないようにね。約束できる?」

     この短い時間ですっかり彼に魅了されていた少女は顔を曇らせた。もう会えないのかと思うと寂しいような、切ないような気持ちになる。少女はぎこちなく頷く。
     俯く少女に彼は優しく声を掛けた。

    「君がまた来たいなら、僕は構わないよ」

     期待にぱっと表情を明るくさせた少女が顔を上げる。

    「でも、次に来たときはきっと殺されちゃう。それは可哀想だと思ったから」

     忠告する声色も、薄く浮かべた笑みも、幻想のように優美だ。少女を見下ろす青い瞳は依然として幻惑的な輝きを発している。けれどその瞳の奥が、少女の生き死にに何ら関心がないということを如実に語っていた。
     途端にぞっと背筋が冷える思いがして、身体が竦み上がる。

    「気を付けてね」

     彼は天使のような笑みを浮かべて、手を振った。

     少女は一礼すると、まっすぐ道を急いだ。

     優しく、親切に接してもらった。怖がらせるようなことは何もされなかった。なのに手が震えて止まらない。
     やはり自分達と同じ生き物ではなかったのだ。彼の恩情によって生きることを赦されていただけなのだと。その事実に気づいて心臓が早鐘を打つ。
     走っている訳でもないのにどんどん息が上がって、もつれそうな脚を必死に動かした。

     あんなに別れを名残惜しく感じていたのに、一度も振り返らずに。



    ――――――――――――――



     夏油以外の誰かと喋ったのは随分久しぶりだった。

     外に出ることはおろか、五条が他の人間と顔を合わせることさえ夏油は良しとしなかった。だからこの部屋を訪れる者はいない。廊下を誰かが通り掛かる気配すらほとんど無かった。

     この首輪を付けられてから、五条の世界は夏油とこの部屋で完結していた。

     食事の準備も、入浴も、着替えも、爪の手入れ一つに至るまで夏油が甲斐甲斐しく世話を焼いた。
     夏油が留守にするときは代わりの世話係が用意されていたが、姿を確認したことはない。五条との接触が許されていないのだろう。
     それでも生活に不自由することはなかった。
     食事の時間になると部屋の扉がノックされ、外を覗けば温かい食事の載せられた配膳車が置いてあった。運んできた者は、姿を見せないよう速やかにこの場を離れているようだ。
     必要なものが定期的に供給され、脱いだ衣服も部屋の外に出しているといつの間にか回収されて清潔な着替えが用意されている。
     不満は特にない。
     強いて言うなら、長い鎖をずるずると引きずりながら歩くのが少し面倒なことだろうか。
     歩くといっても用があるのは部屋に備え付けられた浴室とトイレくらいで、どこに移動する訳でもないのだが。夏油と共にいるときでも、人払いを済ませた後に中庭を散歩することくらいしか許されていない。

     ――まあこんな鎖一つ、簡単に壊せるんだけど。僕がいないと傑が発狂しちゃうからなぁ。

     以前、夏油が長く拠点を空けていたときのことだ。

     最初の一日、二日は普段と変わらず過ごしていた。
     三日、四日と経つと夏油が恋しくなり、彼を想いながら自慰に耽った。夜ごと夏油に愛され蕩かされている身体がそんな行為で満たされるはずもなく、段々と心の中に靄がかかったようになっていく。
     夏油は毎日この部屋を訪れ、可能な限り五条と共に過ごしている。日がな一日睦み合うこともざらにあった。そのため、こんなにも長く一人の時間を過ごしたことは今までに一度もない。
     夏油が向かったのは交通インフラの整っていない地方だ。そして、特級相当だと予想されている呪霊の降伏の儀。その足で近隣地域の一級呪霊もいくつか回収すると言っていた。戻りがいつになるのかも分からない。

     寂しさや切なさを紛らわせられるようなものは何一つ無い。夏油は非術師が関わるものを極力避けているため、この部屋に娯楽と呼べるものは存在しなかった。

     五日、六日と過ぎて。

     七日目。

     鬱憤が溜まりに溜まって、とうとう鎖を引きちぎって外に出てしまった。

     物音一つ立たない静かな部屋で過ごしていた五条には、何の変哲もない街並みや人々のざわめきですらもはや新鮮に感じられた。
     和装では目立ってしまうため、まずは洋服を入手して着替える。サングラスと靴を身に着けるのも随分久しぶりだ。
     世間で流行っているらしい曲を耳にし、見たこともない洋菓子に舌鼓を打った。通り掛かりにゲームセンターを見つけて、学生の頃によく行っていたのが懐かしくなり格闘ゲームやガンシューティングを楽しむ。
     クレーンゲームでは大きな黒猫のぬいぐるみを手に入れた。どことなく夏油に似ている気がして、今日はこれを抱きしめて眠ろうと思った。夏油が帰還する前にどこかに隠しておけば問題ないだろう。

     夜遅くまで思う存分外の世界を満喫して、上機嫌で帰路に就く。
     弾む足取りで教団施設の門をひょいと飛び越えると、その先には血の海が広がっていた。一瞬目を疑い、サングラスを外してその惨状をしっかりと確かめる。
     門の先の開けた場所、礼拝堂へ続く道中、そして礼拝堂の内部に至るまで、元の形が何だったのかも分からない肉塊がまき散らされていた。

     誰の仕業なのかすぐに予想が付いた。
     間の悪いことに、五条と入れ違いになる形で夏油が帰還したのだ。
     そしてよりにもよってこの日に祈りを捧げに来てしまった運の悪い信者が、五条がいないことに気づき激昂した夏油によって皆殺しにされていた。

     夏油は非術師を心底嫌っている割に、感情に任せて虐殺をすることはなかった。
     金と呪いを集めるのに役立つ猿は殺さない。利用価値が無くなれば順次処分をすると言い、その行動は常に合理的で一貫性を持っていた。
     それだけに、夏油の怒りが甚だしいものであるということが想像に容易い。
     歩きながらどう言い訳するかを考える。
     宥めるような言葉を掛けつつ謝罪するか、「寂しかった」と開き直って夏油を詰るか、下手に出て誠心誠意許しを乞うてみるか。様々なパターンを準備して、様子を見つつ臨機応変に対処することを決める。

     限られた者だけしか足を踏み入れることが許されていない建物の奥は普段と何ら変わりなく、表の様子が嘘のような静謐さを保っていた。
     自室の扉をそっと開く。
     窓から差し込む月明かりに浮かび上がるように、夏油の姿が見えた。寝台の側の床に座り込んで項垂れ、両手でシーツをくしゃりと握りしめている。
     気配に顔を上げた夏油は、絶望に打ちひしがれたような青褪めた顔をしていた。
     虚ろな目が五条を映した瞬間、信じられないものでも見るように見開かれる。
     烈火の如く怒り狂っている姿を想像していた五条はその姿を目にして、用意していた言い訳の言葉がすっかり頭の中から吹き飛んでしまった。口を閉ざしたまま夏油の側まで歩み寄ると、ふらりと立ち上がった彼が五条の頬に手を伸ばす。
     骨ばった指が白い頬を撫でる。その存在を確かめるかのように肌に触れ、輪郭を指先で辿った。耳の付け根を掠めた指がくすぐったくて肩を竦めると、夏油が小さく息を飲む。

    「いなくなってしまったんだと思った」

     切なげに顔を歪めた夏油は五条をきつく抱きしめ、肩に頬を摺り寄せる。まるで縋りつくようなそれに、ぞわりと肌が粟立った。
     知らず知らずのうちに五条の唇が弧を描いていく。

     人心掌握に長けた夏油を慕う者は多い。術師も非術師も、誰もが夏油の特別になりたがる。だが飄々として本心を決して見せない彼を捉えることなど不可能だった。
     五条だけが、夏油の心に触れることができる。
     他の何にも執着しない夏油が、唯一欲してやまないのが五条だった。

     ――傑の心をこんなにも乱せるのは僕だけ。僕だけの傑。

     首輪も鎖も、何の意味も無い。そのことを誰よりも理解していて、それでも枷を嵌めて一処に閉じ込めて、目に見える形で独占しておかずにいられない。
     心も身体も、全部明け渡してもまだ足りないと言う。

     そんな夏油を、心底愛おしいと思った。







    「誰か入ったね」

     部屋に入るなり、夏油は顔を顰めて法衣の袖で鼻を覆った。

    「あれ、ばれちゃった」

     痕跡を隠そうと自身の呪力で上書きしたが失敗だったようだ。
     寝台に腰を下ろしたまま悪びれず舌を出した五条に、夏油が射貫くような視線を向ける。側に来た夏油は首輪に繋がる鎖を掴んで引っ張り上げた。首元に鈍い痛みが走る。

    「何故隠そうとした。……君が引き入れたのか」

     夏油の瞳が、独占欲と嫉妬心に燃えている。
     向けられる剥き出しの感情に肌がひりつくのが心地良い。思わず口元が緩みそうになるのを耐えた。
     求められるのは嬉しいが、だからといって煽るようなことをしていたずらに傷つけたい訳じゃない。

    「まさか。……道に迷っちゃったんだって。許してあげてよ」
    「へえ、そんなことを言うなんて。……気に入ったの?」

     五条が誰かに興味を抱くことなどあるはずがないと分かっていてそんなことを訊く。
     いつだって言葉で、態度で、あらゆる手段で示して欲しがる。己だけが特別であると。
     大人しく囚われて帰りを待っているのが何よりの証拠だろうに。

     可愛い男だ。

    「そんなことある訳ないでしょ。僕には、傑だけだもん。傑しかいらない」

     夏油は知らない。一人で過ごしている間もずっと、思いを馳せるのは夏油のことばかりであること。来る日も来る日も、その帰りだけを心待ちにしていること。
     時間さえ確かめようがないこの部屋で、日が傾いて行くのをぼんやりと見ながら、毎日。

    「今日だってちゃんと良い子で待ってたんだよ? ……あの子が来るまでは」

     上目遣いに見つめていると、鎖が夏油の手から離れてようやく解放される。

    「じゃあ、どうして逃がしてあげようと思ったの」
    「……子供だったの。女の子。まだ分別も付かない歳なのに可哀想でしょ」
    「君がそんな感情を覚えるなんてね」
    「すぐるが教えたんじゃん……全部」

    『五条悟』に必要のないことまで、全て彼が根付かせてしまった。今更違うと言われても、もうよく分からない。
     指先で頬を撫でると、その手に夏油の手が重ねられた。

    「なんにもしてないよ。僕に触れてもいない。道を教えたら、まっすぐ帰って行ったよ」

     夏油の不興を買うようなことは何一つしていないと告げても、まだ不服そうに彼は眉を顰める。

    「君の姿を、その目に映すことすら烏滸がましい」

     憎々しげに吐き捨てられた言葉に、愉快になってとうとう笑ってしまった。

    「何それ、やばぁい」

     教団内部の関係者は全て、呪いが見えるこちら側の人間だ。それでも誰にも会わせず、世話係ですら顔を合わせないように言いつけているのは何故なのかと思っていたが合点がいった。
     まさかそこまでの感情を抱いているとは。
     けらけらと笑い転げていると、至って真剣な顔で夏油が言う。

    「悟。私は誰かが君を目にして、美しいと感じることすら許せないんだよ。そして君に心惹かれて、君に好意を寄せる? 想像するだけで吐き気がする。欲しいままに君を蹂躙し、欲望のはけ口にすることを夢想するだろう。……虫酸が走る。浅慮で身の程知らずの輩が—―」

     声を荒げ、罵倒を続ける夏油の口を唇で塞いで黙らせた。

    「—―僕といるときに余計なこと考えないで。いま目の前にいる僕のことだけ見て、触れて、感じてよ」

     両手で夏油の頬を包み、その目を覗き込むようにして五条は微笑む。彼を求めてやまない気持ちを惜しみなく伝えるように。五条もまた、夏油の心に留まるのは己の存在だけであって欲しいと願っている。
     熱の籠もる視線に溜飲を下げた夏油は、ふっと表情を緩めた。

    「……そうだね。離れていた分、可愛がってあげないと」
    「うん……いっぱい愛して……傑」

     褥に倒されて、その逞しい首に腕を回す。
     貪るように唇を重ね、舌を絡めて唾液を交換した。着物の合わせ目から差し込まれた手が白い肌を露にしていく。鎖骨を甘噛みされ、ぬめった舌が肌を這う感覚に恍惚と息を漏らした。


     数瞬の後にはもう、あの少女のことなど一欠けらも覚えていないだろう。

     あのひと時の邂逅が、少女にとっては生涯忘れられない出来事になるとも知らずに。
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