天気の良いある日の午後、庭を散策していると樹の根元に蛇が蹲っているのが見えた。真っ白い蛇だ。
見覚えのない蛇だった。本丸の広大な庭には様々な生物が生息しているが、このように白く美しい肌を持つ蛇は見たことがなかった。
弟が蛇にちなんだ名を持っていたことがあって、蛇には少しばかり親近感を覚える。
近寄って側で見てみると、どうやら怪我をして動けなくなってしまったらしい。
「ありゃ、可哀想に」
そっと手を差し伸べると、その蛇は警戒することもなく僕に身を任せている。腕に乗ったその蛇を、顔の高さまで持ち上げた。
こちらを見つめる赤い目に、安心させるように微笑みかける。ふう、と息を吹き掛けて神気を分け与えると、蛇の傷口がゆっくりと癒えていった。
「もう大丈夫」
地面に降ろしてやると、蛇は心なしか嬉しそうに身体を動かしてみせた。
そのままどこかへ帰ろうとする姿を眺めていると、少し離れたところで蛇は動きを止めて、こちらをじっと見つめている。
「……ついて来いってこと？」
蛇の言わんとしていることがなんとなく分かったような気がした。
僕がその蛇のもとまで来ると、蛇はまた動き始めた。どこに連れて行かれるのだろうか。
しばらく生い茂る樹々の中を抜けて、やがて開けた場所に出た。その真ん中に一つ、大きな実をいくつもつけた樹が生えている。
その樹の根元で蛇はしゅるしゅると回って見せた。
「この実をくれるのかい？」
薄赤い色をした実に手を伸ばしてみる。見たことのない果物だ。一つもぐと、甘い匂いがふわりと漂う。林檎のようで桃のようでもあり、そのどちらでもない実は瑞々しくて美味しそうだった。
ぐう、と途端にお腹が鳴る。今日はまだおやつを食べていない。空腹に急かされるように、その実にかじりついた。
「わあ……おいしい」
咀嚼すると、甘酸っぱい味が口の中いっぱいに広がる。いちごよりも甘いけれど、桃よりも酸っぱくて固くて、不思議なおいしさに夢中で食べ終えてしまった。
「ねえこれ、もう一つ貰ってもいいかい？　弟に食べさせてあげたいんだ」
蛇はゆったりと円を描くように動く。良いと言っているのだと思う。
実をもう一つもぐと、また甘い匂いが漂った。食べたばかりだというのに思わず口の中に溢れた唾を飲み込む。
「あともう一つだけ、もらってもいいかい？」
そう問いかけると、蛇がおかしそうに笑った気がした。

「兄者ーっ！！」
「あ、弟だ」
実をかじりながら元居た場所に戻ろうと歩いていると、遠くから僕を呼ぶ声が聞こえてくる。声の方向に歩を進めると、僕の姿を見つけたらしい弟が駆け寄ってきた。
「兄者！　一時間もどこへ行っていたのだ！　探したぞ！」
「ありゃ？　そんなに経っていたかい？」
おかしいな。散歩を始めてほどなくして蛇に会ったから、十五分も経っていないと思うのだけれど。
「まったく兄者は……迷子になって帰れなくなっているのではないかと心配したのだぞ！」
「ありゃ、ごめんね。この実を取っていたんだよ」
弟は僕の手元のそれを見て、訝しげに眉を顰めた。
「なんだこれは？　見たことがない果物だな」
「なにか分からないけど、おいしいよ」
僕がそう言ってまた一口食べると、弟の眉が吊り上がる。
「こんな得体のしれないものを口にしてはいかんぞ兄者！　大体兄者はいつも……」
「すごくおいしいから、弟にも食べてほしくて持って帰ってきたんだ」
かじっていない、まっさらな方の実を手渡すと、弟は受け取ったそれと僕を見て、嬉しそうに顔を輝かせた。
「兄者が俺のために……！？　嬉しいぞ！　それと俺の名は膝丸だ！」
「うんうん。そうだったね」
頷き、また実を頬張る。本当においしい。
主は畑にこだわっていていくつも野菜や果物を作っているけれど、この実も主が作っているのかな。樹は一本しかなかったから、もっとたくさん作れないかと聞いてみようかなんて考えながら、弟と部屋に戻った。