あにそしとげんさく忘羨 紅葉美しい、どこかの山の中にて。
「ははーん、なるほど。これが今夜の香炉の夢か。これはなかなか……なかなか面白いじゃないか!別世界の俺たちだなんて!なあ、藍湛!」
「うん」
隣に立つ絶世の美人が頷くのを見て、魏無羨はにこにこと笑みを浮かべ、自分の腰を抱く彼の顎をいつものようにくすぐった。それを受け入れる彼の表情も、「いつものことだ」と示すように無表情で、だがその実、鼓動は喜び跳ねていることを道侶である魏無羨は知っている。
しかし、そんな二人の前に立つ者たちにとって、それは「いつものこと」ではなく。驚愕の表情を浮かべて、魏無羨と藍忘機を見ていた。
二人の前に立つ者たちの見た目は、二人によく似ていた。違うところがあるとすれば、着ている服と、髪の結い方くらいだろう。この夢に入ってすぐ、魏無羨と藍忘機はこのよく似た者たちと顔を合わせ、互いに指をさして驚いた──指をさすなどということをしたのは、魏無羨と彼によく似た人物だけだが──。言葉を交わすと、魏無羨はすぐに状況と、自分たちによく似た彼らが何であるかを察した。よく似た彼らは、別世界の自分たちなのだ!あの不思議な香炉の力によって、夢の中で邂逅できたのだろう。魏無羨は別世界の自分を魏嬰、別世界の藍忘機を藍湛と呼ぶことにし、そう決めてから口にしたのが、冒頭の言葉だった。
「お、男同士だろ?なんだその恥知らずな触れ合いは!藍湛藍湛、お前もそう思うよな?」
「……」
「藍湛!……ああ、もう!お前たちのせいで俺の藍湛が思考停止した!」
この言葉から分かるように、別世界の藍魏は夫夫ではないらしく、忘羨の二人の距離感に頬を赤らめていた。
──別世界とはいえ、間違いなく俺のくせに、かまととぶりやがって!
と魏無羨は心の中で独りごちるが、口角は愉快に上がっている。あの藍湛の目……あれは確実に、「羨ましい」と言っている!
──あっちの世界の藍湛も、魏嬰のことが好きなんだな。でも魏嬰は気づく気配も無し、と。よしよし、この羨哥哥がひと肌脱いでやろうじゃねぇか。
魏無羨は自分の藍忘機の腕に抱きつくと、すりすりと頭を肩に擦り寄せた。
「藍湛〜、羨羨疲れたよぉ〜」
甘えた声を出し、股間も藍忘機の体に擦り寄せた。藍忘機の指がぴくりと動くのを感じ、魏無羨はほくそ笑む。
「ひっ、いい歳して何してんだお前……!」
魏嬰の引いたような声が聞こえるが、そんなのは無視だ。藍忘機が「分かった」と頷いて、魏無羨を横抱きにすると、魏無羨は両腕を彼の首に回し、これでもかと言うほど密着してみせた。ちらりと藍湛を見ると、彼は忘羨の触れ合いをじっと見たあと、気づいてほしそうに傍らに立つ魏嬰を見ていた。だがその魏嬰といえば、忘羨に対して「嘘だろ」「俺以上の恥知らず」「おんぶでいいだろうが」と言うだけで、熱い視線を藍湛に気づく気配すら見せない。魏無羨が藍忘機を見ると、彼も魏無羨の考えていることと同じことを考えていたようで、一つ頷いて見せてくれた。
「おーい、そこの藍魏のお二人さん」
「なんだよ恥知らず……!」
「……」──魏無羨は一瞬空を仰ぐが、すぐに言った。「近くに宿屋があったりしないか?俺疲れて疲れて横になりたい気分なんだよ」
魏無羨の考えはこうだ。
宿屋に行く。二部屋を取る。一部屋は自分たち、もう一部屋には藍魏の二人を押し込む。自分たちは夜にやるようなことをして、自分は大きな声で喘ぐ。隣の部屋の藍魏はそれに当てられて一夜を過ごす……。
なんて完璧なんだろう!別世界といえど、魂の形は変わらない自分たちだ。間違いなく夫夫となるはずだ!
が、しかし。彼の考えは打ち砕かれることになった。
「宿屋は無いけど、少し行った先に俺と藍湛の家がある。来ていいぞ」
「……家?」
「そうだよ」
それはつまり……雲深不知処のことだろうか!?なんということだ、この山は雲深不知処がある、あの山だったのか!
「そっちの藍湛も、いい?」
「うん」
「よし、じゃあ着いて来な」
魏嬰と藍湛の後に続いて、魏無羨を横抱きした藍忘機が歩く。雲深不知処のある山を散策し尽くしていないため、気づくことができなかった。まさかここがあの山だったとは。
──ってことは藍じじいがいるはず。静室は藍じじいの部屋のすぐ近くだ。初夜にあの場所は駄目だろう!初夜は思う存分喘いで藍湛を煽るべきで…………あ?
魏無羨は開けた景色に目を丸くした。進んで行った先には橋のかかった小川があり、その奥には一軒の二階建ての小さな家と、驢馬やうさぎのいる小屋があった。間違っても雲深不知処ではなく、姑蘇藍氏が各地に所有する家でもなかった。
「ここは?」
「俺と藍湛の家だよ。そう言っただろ?」
「そりゃ言ったけど」
まさか、本当に二人だけの家とは思わなかったのだ。
家に近寄ると、驢馬が鳴いた。自分たちの飼い主に似た人間を警戒しているのだろう。うさぎたちも遠巻きに見ている。
「林檎ちゃん、そんな鳴くなよ」
藍湛が驢馬を宥めに行き、魏嬰が藍湛の背中越しに驢馬に声をかけた。
「林檎ちゃん!?こっちにもいるのかよ!」
「そっちにも林檎ちゃんいるのか。そうだよ、こいつは林檎ちゃん。そこの白兎が湛湛で、その隣の黒兎が羨羨」
名前を呼ばれて、白兎と黒兎の目が魏嬰に向いた。魏無羨は呆然とその名を繰り返した。
「湛湛と羨羨……?」
「あれ?湛湛と羨羨はいないのか?」
「白兎と黒兎はいるけど、名前なんてつけてない。ちなみに、その名前をつけたのは誰だ?」
返ってきた答えは、「羨羨は藍湛で、湛湛は俺だよ。この二匹は番だから、引き離したら怒るんだよ」だった。あれ?夫夫じゃないんじゃなかった?──そう言いたくなった。
「あ、疲れてるんだったよな。こっちこっち!こっちが玄関」
魏嬰の後に着いて、家の中に入る。入ってみれば、意外と広く、二人で住むには十分であった。二階に上がると、すぐに卧榻が現れる。何度見ても、卧榻は一台だけだった。
「ここ使っていいよ。お茶淹れて来てやるよ……あ!藍湛、淹れて来てくれたのか。さすがだな!」
後からやって来た藍湛の手にはお盆があり、その上には三人分の茶杯が乗っていた。
藍忘機は魏無羨を卧榻に下ろし、魏無羨と自分の茶杯を受け取った。魏無羨は彼に茶杯を手渡してもらうと茶を飲みながらじっと別世界の自分たちを見た。
「美味しい!この茶葉、この間町で買ってきたやつだよな。俺、これ好きなんだ。嬉しいよ藍湛」
「うん。また淹れる」
「頼んだよ!って、お前の分の茶が無いじゃないか。ほら、これ飲むか?」
「君のために淹れたものだから、君が飲んで」
「……じゃあ、飲んじゃうぞ?」
「そうして」
「うん」
魏無羨は「はて?」と首を傾げた。魏嬰は少し身じろぐだけで藍湛の体に触れるほど近い場所に居り、自分が一度は口をつけた茶杯を藍湛に渡そうとしていた。ここで魏嬰が魏無羨たちに言った言葉を思い出してみよう──お、男同士だろ?なんだその恥知らずな触れ合いは!
──こいつ、まさか無自覚か!?あっちの藍湛も苦労するぜ……!
「魏嬰、飲み終わったなら」
「ん」
藍忘機に空になった茶杯を渡すと、
アニそし忘羨と原作軸忘羨のクロスオーバーを書きたかったのに、着地点を見つけられず早々に終わってしまった……!