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    even

    @even_1113

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    even

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    直匋。行き場のなかった落書きです。
    ひとつ、言葉にしないのはある種の甘えである。
    ふたつ、ピアノも楽譜もあの情景もモノクロで。ただそこから紡がれる音は自在な色合いを醸すのだ。

    Silent瞳が悪戯っぽく、時に物憂げや官能を纏い人を翻弄するのに対し口は最低限必要なことだけを告げる。余計なものは真実をぼかすだろう?誰の影響だか、可愛げのないことを一言二言放ってから。匋平は揶揄うような笑い声を緩く開いた唇から煙と共に細く零す。そしてそれを相棒に拾わせるのだ。口に出さずとも西門がそれを読み取り正しく言語化するのを期待して。ただそのひと手間が面倒だったという時も多々あるが。熟しきらぬ蒸留酒のように丸みもなく色ばかり淡い青年の瞳は問うている。
    あるいは挑戦だ。

    ・・・言い当てろよ。キョージュ殿?

    ふむ。西門は癖のように顎に手をやり匋平を覗いた。そして眉を下げた。
    「好きだ、と」
    ねちねちと長ったらしい講釈を予想していた匋平はどの感情を浮かべるにも切れ長の輪郭を作ることの多い目を珍しく大きく見開いた。
    「⋯⋯おいおい言語学者だろ。もちっとマシな言葉に直せよ」
    そう言われても。西門もますます困った顔をする。
    「好ましいという感情以外ここに浮かんでいないんだよ。匋平」
    遠慮がちに手を伸ばし拒まれないのをいい事に匋平の硬い頬に指先を滑らせる。この距離を許している事がすでに言語学者の見解を正しいと証明している。それに今更気付いた匋平はぐっと眉を寄せ煙草を深く噛んだ。そして。
    「……じゃあ。そうなんだろ」
    元通り細めた琥珀色で西門を睨んだ。







    吹雪が埋める白と黒の視界。黒い影は呼吸を忘れて俯く木の幹と生い茂る葉の重なり。そして立ち尽くす一人の男で構成される。柔く儚いという表現の代表格と言って差し支えないはずの雪が吹き荒れ礫となって匋平の肌を、目を侵す。瞬いて叫ぶように主張してくる白を睫毛で跳ね除ける。
    男を、西門の姿を捉えて逃さぬと視線を鋭くする。お前を呑ませはしない。あの人に別れを告げここに、墓地の門の外へ戻ってくるまで。俺の所に戻るまで。何時までも待つつもりでいる。


    泣き叫ぶ風がようやく啜り声に変わる。雪は大人しく地に溶かされんと下へ下へ惹かれ、引かれ、落ちる。男の背は多少捉えやすくなった。
    もうすぐだと息をついて匋平は空を見上げた。
    ポケットに手を入れ烟りを上空へ吐きつける。白と灰の合間のいろが滲んで仕方ない。
    空虚だと全て投げ出したくなる日が脳裏に蘇って、自分がその頃とは違うことも同時に切々と胸に染み入る。
    「⋯⋯」
    あるひとつの使命感にも似た何かに突き動かされ引き結んだ唇、ではなく眼を開いた。瞼をあげ眼球を晒したという単一の動作ではない。読み取り詠むための神に与えられた感受のまなこだ。
    この眼前の世界を無彩色などと呼ぶことは冒涜に当たる気がした。誰へのかも分からないが。
    天は透明を絶え間なく落として、冷えては白く濁っていく。ずっと下で西門が落としているであろうものも、匋平の頬を伝いそうなものもただの透明であるはずなのに人間の心など通すから地に落ちる頃には熱く溶けていく。
    草木の黒影も雪の重みに呻くもの、地に伏せ朽ちるを待つもの、ただ遠くの背景然とし誰かに表現されるのを期待しないもの。違う濃度で何かを発していた。濡れた睫毛が景色に御伽噺じみた銀粒の煌めきを振り撒いた。瞬く度にぱちと弾ける。

    死を腹の底に鎮めながらその地表はどうしようもなく生きている。霊園の声が聴こえる。鮮やかに匋平の鼓膜を濡らしている。ならばあの灰色の石の下の声を聞かせてくれと願った。匋平の元まで届かずともせめてあの男には聞こえて欲しい。
    切に祈る。
    言葉の魔術師が沈黙する時、匋平は耳の奥に音色を織り上げる。帰ってすぐさま書き出せるように情景が孕む色彩を飲み消化する。寡黙な唇とは対称に取り込んだものを重ね緩急を交えて囁くように、咽び泣くように練ってゆく。
    音にするのはお前が戻ってからでいい。お前と二人でがいい。
    雪を踏む音が遠くで響いた。凍えた指を白鍵に滑らせたい。握って開くを数度繰り返すと伸ばされた無骨な手でそっと掬われ包まれる。二粒の哀しい琥珀を見上げてから匋平は踵を返した。
    (お前の代わりに話せることなんざ俺には。何も)


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