大魔道士は追いかけたい ポップが目覚めると己の師匠が覗き込んでいた。
少し視線をめぐらせると見知った光景であると認識できる。此処はマトリフの住処で、自分が横たわっているのはおそらくマトリフのベッドだ。
しかし自分が此処に居る理由がわからない。
「し」
声も思うように出せない。
「目ぇ覚めたか、そっから動くな」
マトリフは盛大に溜息をつきながら、ベッドの近くの椅子に腰を掛ける。師であるマトリフの体がいつも以上に重そうだ。
あぁ、弟子であるおれがベッドを占拠しているわけにはいかない。起き上がらねば。
しかしポップ自身の体も重い。体の中を何かが暴れていて内腑を焼いているような感覚に苛まれる。体力が尽きたとか怪我をしているとかそういうわけではなさそうだが。そうだったとしてもおそらく目の前の師匠が回復呪文をかけてくれているであろうし。動けない理由は判然としないが、ひとまず起き上がってベッドを代わることをポップは強く意識する。そう、起き上がって、それからダイを。
「いいから動くな」
そうはいかないとポップは回復呪文を己にかけようとする。が、発動しない。
おかしい、少し眠っていたようだから魔法力は回復しているはずだが?
「おまえにマホトーンをかけた」
師匠が呪文封じを用いた理由がわからない。わからないがひとまずポップは己を覆う魔法力の幕を内側から破ろうとする。
「いい加減にしやがれ!ベタンとラリホーマをぶちかますぞ」
なおも抵抗するポップに業を煮やしたマトリフは、普段なら決して口にしないであろう言葉を更に続ける。
「そうなるとオレがどうなるかわかってんのか?オレを死なせてぇのか」
途端にポップは魔法力の発動を停止した。そして自分が全く冷静でないことを自覚する。そこまで言われなければ、自分が師匠に無理をさせていることに気づかないとは。
いや、そもそも自分の現在の状況すら理解できていない。
目が覚める直前の自分はどんな状態だった?
ダイを探して、探して、探して。なのにダイが見つからなくて、それから。
「状況がわかってねぇようだな。順を追って説明してやる。おまえ一人が落ちてきて、アバンのフェザーで魔法力を回復させてトベルーラでダイを探し始めたのは覚えているな?探し続けて魔法力が尽きて、アバンがフェザーを渡さないとなったらカール軍の砦に飛んで事情を知らない兵士から魔法の聖水をもらってまた飛んで。誰が何を言っても聞きゃしねぇし、そもそも飛んでいるおまえを捕まえられるヤツがいねぇってんでアバンがオレんとこへ来てな。それでオレとアバンでおまえを捕まえて、オレがここに連れてきた」
ルーラ、ラリホーマ、マホトーンあたりを使われて捕まえられたのだろうかとポップは想像する。確かにそうでもしなければポップを止めることなどできないだろう。
「探しに行きたいだろうがな。おめぇ、魔法力の暴走が始まっているじゃねぇか。聞けば回復呪文を使えるようになってザオリク級の回復力をみせたって。ベホマも連発しただろうしメドローアも何発も撃っただろう。そっからそのあとも休みなくとか死にてぇのか。ったく数日は魔法を使うな」
言い切るとマトリフはぐっとポップを睨みつけた。ポップは納得はしないだろう。が、納得せずともいい。とにかく休んでくれれば。
「なんだ何が言いたい…?」
はくはくと口を動かすポップの口元に耳を近づけると、小さく掠れる本音を拾うことができた。「いい」「いきたい」と。
思わずマトリフはポップの頬を張り飛ばす。
「いいかげんにしやがれ。若いおめぇに世界の命運を託さにゃならんわ妙な声が聞こえてくるからヤバそうなところに飛んで爆弾を凍らせにいったら弟弟子と再会するわ死んだと思ってたダチがあらわれておめぇが無茶苦茶しやがるから止めてくれって頼んでくるわアバンもとりあえずぶん殴りたいのにおめぇが暴走してるからそれどころじゃねぇわ。そしたらおめぇは目が覚めたらまた無茶しはじめて挙句に死んでもいいだと!?こっちの気がもたねえよ!おめぇらそんな無理してぇなら先にオレを殺してから行け!」
マトリフの剣幕があまりにもあまりで。頬がじんじんと痛むけれど、ポップは「悪かったよ」とだけ呟く。
マトリフは「おう」と短く答えながらポップの頬に回復呪文をかけはじめた。かけるほどでもねぇのにな、とポップは思ったが、それを口に出すのは無粋だともわかっていた。
「まぁな、一緒に逝きたかったって気持ちはわからんでもないが」
そう、ポップの師は友人に何度もおいていかれた人だった。こんな気持ちを何度も覚えたのだろう。
「とりあえず今日はもう寝ろ。眠れねぇってんなら目をつぶれ。軽くラリホーをかけてやる。心配すんなそれぐらいならオレも負担になんねぇよ」
しかしポップはじっと目を開けてマトリフを見ていた。
「オレの寝床が気になるのか?アバンがカール軍から借りてきたのがある。あと、おまえは最低でも3日は魔法禁止だ。そっからは様子を見ながら、だな。オレが許可するまで使うんじゃねぇ。面会も禁止にしてある。おまえのことだから面会に来たやつを口八丁でだまくらかして抜け出そうとしそうだからな」
ポップはわかったと答える代わりにゆっくりと瞬き、右の手を毛布から少し出す。
「おまえが回復したらオレはアバンを殴りに行くから付き合え。オレもおまえがダイを殴るまで付き合ってやらぁ」
マトリフがそう言いながら手を握ってやるとポップはようやく目を瞑った。