モラトリアムな日々―夢じゃ逢えないから 呼ばれたような気がしてダイは目覚める。ベッドから身を起こしてあたりを見回すが月明り一つ差し込んでいない客間には誰もいない。ふと、予感がしてポップの眠る寝室へと向かう。ダイにとっては勝手知ったるポップの家だ。明かりがなく闇に目が慣れていないままでも問題はない。
寝室に入るとポップのベッドをゆるりと包む魔法の風の幕を感じ取る。寝言がうるさいから防音用にそうしているのだとポップは言っていた。おそらく聞かれたくないのは今の状態なんだろうと考えながらダイは進む。
ベッドの中でポップは胎児のように体を丸めて眠っている。呼吸は乱れ、意味をなさない音を発し続けている。その音に、自分の名前のかけらを聞き取ったダイは、ポップのベッドに潜り込んで向かい合うように横臥する。そしてダイはそっとポップの頬に触れて囁く。
「おれはここにいるよ」
それを聞き取ったのか、ポップはうっすらと目を開きはじめる。目の前にいるのがダイだと知覚するや否や、夢見心地のままダイを引き寄せて抱え込んだ。
「ダイだ」
「ポップ?」
「ダイがいる」
魔法使いとはいえ数多の戦いを生き抜いたポップの膂力は平均男性を優に超える。そのポップに全力で抱え込まれてダイは戸惑う。
「ポップ!」
「……え?ダイ?」
完全に覚醒したポップはあわててダイから離れ、急な覚醒によって乱れた息を整える。
「ダイなんでここに、え、おれ、そんなでっかく叫んでた?」
「叫んでないよ。なんか呼ばれた気がしたから。うなされてたけど大丈夫?嫌な夢でも見てた?」
「ちょっとな。もう大丈夫だから、おまえも戻って寝ろよ」
軽い調子のポップの言葉に嘘はない。が、それが全部ではないことをダイは知っている。だってポップが声を使わずに呼んでいたのだから。
「ポップ、おれはここにいるよ」
ダイは姿勢を変え、再びベッドの中で向き合う。ポップは何も答えない。好きにすればいいと言わんばかりに目を閉じ始め眠りに入ろうとする。
「ポップ」
ダイが互いの息がかかる距離まで近づくと、ポップは観念して目を開けた。
「なんだよ」
「どんな夢を見てたの?」
「……」
「どんな夢?」
「たいしたことない」
「じゃあ教えて」
どこまで言おうかポップは考える。無意識でダイを呼んでしまい、それに気づかれてしまった以上はある程度は伝えたほうが余計な心配を減らすだろうとポップは判断した。
「空から落ちてくる、おまえを受け止める」
「それで?」
「……抱きとめたのにおまえが跡形もなく消えるんだ」
うなされる声が漏れるのを防ごうとしているのだ。それはつまり、とダイは察して確認する。
「何度も見ているの?」
「おまえが帰ってきてからは殆どねぇよ、だから安心しな。おまえと一緒に寝入っちまった時も今までこんなこと無かっただろう?」
話は終わったとばかりに再び目をつぶろうとするポップだが、ダイはあえて言葉を続ける。ポップの抱えた傷の深さを思いながら。
「でも謝らないからね、おれは」
ポップは再び目を開く。その表情は硬い。
「ポップ、覚えてて。同じことがあったらおれはまたおまえだけを逃がすよ。だっておまえの体じゃ耐えられないもの。でもおれなら耐えられるから」
ポップは口を開き、しかし何も形にならなかったのか再び閉じる。ポップもわかっているのだ。竜魔人のバランも黒の核晶の爆発にさらされても体の原型を留めていた。バランを超えたダイならば生き延びる勝算もあった。そんなことはわかりきっている。わかっているのだが。
「おれにまたポップを失えっていうの?今のおれの血ならおまえを蘇らせるかもしれないけども、効く保証もないんだよ?」
ポップの目に涙が溜まっていくのを感じたが、ダイは更に続ける。
「大丈夫、ポップならおれがどこにいても見つけ出せるから。氷山に埋もれていても、異界にいても。もしおれがあの月にいってしまって帰れなくなってもおまえはおれを連れて帰ることができるよ。おまえは昔っから天才なんだから」
ダイの言葉に耐え切れず、ポップは泣き虫に戻る。そんなポップを抱きしめながらダイは言い聞かせる。
「これも覚えていて。おまえは絶対に生き延びておれを探し出して。おれを一人ぼっちにしないで。おまえにちゃんと逢わせて、お願いだから」
嫌だ、もう探さねぇ、どこにもいくな、月なんてどうするんだよ魔法を幾つ組み合わせんだよ、熱いのか寒いのか重力はどうなってんだよわっかんねぇよ、そっから調べんの大変なんだぞ。
ポップは泣きながらも延々とまくしたてる。
「ポップは変わらないなぁ」
そう、ポップは変わらない。どれほどの危機でも感情的になっても頭が真っ白になっても何処かで考えることをやめないダイの相棒。いつだってダイの頼れる相棒。
「ポップ、生きててくれてありがとう。おまえのおかげでおれはここにいるよ」
「ばっかやろう、おまえがおれを守ったんだから当然だよ」
そんな風に悪態を交えながらもポップはダイを抱きしめ返す。夢と異なり、ダイは消えずに確かにそこにいる。そのことに安堵しながらポップは眠りについた。