明日もきっと明るい日 それからダイがポップの部屋で眠る頻度が増えていった。ベッドの上で今日あったことや明日やることについてとりとめもなく言葉を交わしたり、或いはそれぞれ勝手に本を読んだり書き物をしたり。そうした時間を共に過ごしてそのまま二人で眠りにつく。魔法力を込めた水晶玉を明かりがわりにしながら文机で書き物に励むポップを眺めながら、ダイだけが先に眠りにつく、なんて日もある。
ダイのしたいようにさせるというのがポップの基本方針である以上、ダイがポップの部屋で眠ることに関してポップに異論はない。ダイが夜は一人でいたいならそうすればいいし、ポップと共にいたいならそうすればいい。ポップ自身も、欠けた時間が埋まっていく感覚は心地よく、この時間が続くのは有難い。
が、それはそれとして夏である。このままだと二人で眠るのは暑い。寝苦しい。魔法でゆるやかな風を流し続けるにしても気温と湿度がそもそも高ければあまり効果はない。ではダイに離れろというのか。否、ダイがそうしたいのに離れるという選択肢はありえない。こんな程度のことを解決できずして何が大魔道士か。無数の呪文と知識をかかえ、皆の危機をはらうのが魔法使いの役目ではないか。
ポップは早速、問題解決のための工作にとりかかる。
結果として本日のベッドでのお喋りタイムは大変快適な気温となったわけである。おかげで並んでくっついて座っててもちっとも暑くない。
「部屋がひんやりしてていいね。文机にある小さい二つの石から冷気がでてる気がするんだけど」
「おう、黒魔晶に魔法力をこめてちょっと加工して、ゆっるーいバギとゆっるーいヒャドで作り出す冷風を部屋ん中に常駐で放出できるようにしてみた。最初は水晶玉でなんとかできねぇかと思ったけど、一晩中ってのが難しくてよぉ。かといって俺が寝たままで魔法を使い続けるってのも考えたんだけど。二種類の魔法を一晩中というのはおれも疲れるし寝ても寝た気になんねぇし」
大魔道士はこともなげに説明を続ける。そしてダイは思い出す。たしか黒魔晶は黒の核晶の材料で、魔力を無尽蔵にためる性質を持つとかなんとかだった。その性質を利用したのであろうが、そんなちょっとした加工でこんなこと実現できるものなのだろうか。
「ポップ……おまえはもう天才というかポップなんだね」
「何いってんのか意味わかんねぇよ。あ、でもこれ検証中だからな、暴走したらわりぃ」
ポップの言う”暴走”というキーワードで、ダイは黒の核晶の爆発を思い出して顔を曇らせる。
「心配すんな、爆発とかしねぇよ。最悪でおれとおまえがヒャダルコをくらう感じかな」
「ヒャダルコって、おまえの放つぐらいの?それとも普通のレベルの?」
「その2択だと普通の方」
「じゃあおれたちなら大丈夫だ」
「だろぉ?」
ベギラマをくらいながらメドローアを放つ大魔道士に、双竜紋持ちの竜の騎士である。普通のヒャダルコなぞ物の数ではなかった。
ポップは改めて試作品の石をじっと視て、魔法力が安定していることを確認する。
「よし、問題ねぇな」
ポップは満足げに頷くとリネンを被って横になる。それに倣ってダイもポップの使うリネンに入り込んでくる。一応、リネンをダイ用にもう一枚用意してあるが、今日のダイは其方を使う気はないようだ。
「ひんやりしているから、ちょうどいいよね」
確かに、想定よりも気温が下がっているので、ダイの高めの体温が心地よい。まるで出会った頃の十二のままだ。
「体は俺よりでっかくなったのになぁ」
「体はってなんだよ。おれもポップがこんなに縮んだなんて思わなかったよ」
「縮んでねぇわ、おれものびたし、そんな変わんねえだろ!まったくいつのまに。でもおれもまだ成長が止まってねぇからな!」
ふと、ポップは思い至る。身長が抜かれるかもしれないとヤキモキしたであろう頃、身長が並んだ頃、追い抜かれてしまった頃。そういう時間をまったく共有できていないことに。
そんなポップの思いに気が付いたのか、ダイはほんの少しだけポップにすりより、極めて軽く、けれど隠しきれない硬さを滲ませて告げる。
「おまえが早くおれを探さないからだよぉ」
ダイはポップを責めるつもりはない。どれほど自分を懸命に探してくれたかは言われるまでもなく知っているからだ。ただ、自分もポップと同じように寂しさを感じていると伝えたいだけだ。
そのダイの意図は過不足なくポップに伝わり、ポップも硬さをにじませないように軽く返す。
「おめぇがおれを置いていかなきゃ良かったんだよッ」
ポップはダイの両頬をぎゅうぎゅうとひっぱる。多少、顔つきに精悍さが増したとはいえダイのモチモチの肌はよくのびた。頬を思いっきりのばされながらもしかしダイは妙に楽しそうである。
「しょーがないだろぉ、だいたいおまえだってメガンテするくせに」
「うるせぇ!前も言ったけど今度いなくなったらおれは探さねぇからな!」
「それは困るよ!」
「おめえのその顔は困ってねぇな!おれが探すってわかりきってんな?!」
ポップはダイの頬をぐにぐにと揉む。引っ張られたり揉まれたり、本日のダイの頬は厄日である。
そしてひとしきりモチモチの頬を堪能したポップは満足げな笑みを浮かべて言う。
「よし、今日はもう寝るぞ」
「えぇ、おれまだ眠くないよ」
「明日の予定に響くだろうが」
「そっか、また明日だ!」
今のダイにとって明日があることはとても嬉しくて楽しいことらしい。ダイはポップと出会ったころのような無邪気な笑みを浮かべる。だからポップにとっても、明日が来ることが嬉しい。ダイが笑っているであろう明日の訪れが待ち遠しい。
「そう、また明日」
「うん、また明日」
どちらともなく「おやすみ」と言いあうと、明日また出会うために二人そろって穏やかな眠りの世界に赴いた。