果報を寝て待つ レオナが耳にした報告どおり、ポップは戻っていた。そしてその報告にもあったとおりポップは目の前のベッドで眠っている。規則正しい安らかな寝息も立てている。旅人の服を脱いで寝間着として用意された布の服にきっちりと着替えている。勿論、ダイは戻っていない。レオナはその場で頭を抱えたい衝動を抑える。いや、本当は諸々をひっぺがし、ベッドから叩き落として「ダイ君は?」と問い質したい。隣に控えるエイミもおそらくそうだろう。しかしレオナは深呼吸をし、エイミの持つランプを借りる。寝息をたてるポップに明かりを近づけてその様子を窺う。今夜はバンダナをつけたままで目を閉じているダイの親友。レオナより少しだけ年上のこの少年を、見たままの言動で判断してはいけないことをレオナは知っている。軽薄な口調で自分たちから離れ、たった一人で竜騎衆に遅滞戦を仕掛けた少年だ。
「ねぇ、エイミ。これをどう考えればいいと思う?泣いたあとみたいよねぇ」
レオナが指さしたのは赤味を帯びたポップの目元。確かにまるで泣いて擦ったかのような。ダイが見つからなくて諦めて泣いて帰ってきたということなのだろうか。エイミは思いついたことをそのままレオナに伝える。
「そう見えるわよね。でもダイ君が見つからなかったのなら、ポップ君のことだから心配してルーラで探し続けそうだし」
「魔法力が尽きたのではないでしょうか?」
「だったらポップ君は魔法の聖水を取りに来るわ。前にそうしたもの。どういうことかしらね?」
エイミの答えを待たずにレオナは考えを巡らせる。
おそらくポップはダイを見つけた。見つけて連れ戻していないということは、ダイを待つ、或いはダイの意思を尊重したかったということなのだろう。誰にも何も言わずに眠ったということは、何も言いたくないし何も聞くなということにもみえる。いや、そもそも本当に眠っているのか。レオナはポップの額にまかれたままのバンダナをちらりと見る。
「とりあえず叩き起こして聞くのが速そうだけど」
「起こすのですか?」
「そうねぇ、でも……」
起こしたとして「いや、知らねぇよ。帰ってくるんじゃねぇ?」とトボけた顔で言うであろうことは想像に難くない。それがたとえ道化だとわかりきっていても、レオナはポップに詰め寄ってしまうであろう自覚もある。なにせ今はレオナにも余裕がない。だからポップは何も言わずに眠ることにしたのだろうか?
レオナは小さく嘆息して頭を切り替えることにした。
「エイミ、ダイ君の捜索を縮小していただくわ。みんなにも休んでもらって、明日に備えるの」
「よいのですか?」
よい、とはレオナも言い切ることはできない。ただ、ポップが何も言わずにここにいるからには、今はこれ以上の捜索は意味がないという感覚だけはある。あるのだが、その感覚を共有できるのはおそらくあのテランでの戦いを経験した者だけだ。言葉を尽くしてもエイミには伝わり難いであろう。だからレオナは具体的な言葉を続けることにする。
「みんなには夜中の捜索は危険だからと伝えるとして、それから今夜の哨務担当にはダイ君が戻ってきた時の手はずを伝えておく方がよさそうね。もしダイ君が戻ってきたら……その辺りはひとまずフローラさまと相談ね」
ベッドの中から聞こえてくる寝息のリズムがほんの少しだけ乱れたようにレオナは感じ取る。やはり本当にポップが眠っているのか起きているのかは不明だが、もう一言だけ付け加える。
「砦の松明はいつもよりも多く。ダイ君が戻ってきた時にわかりやすいように」
言い終えてベッドの主の様子を伺うと、寝息は規則的なままだ。最早たたき起こす気は失せているが小さな意趣返しをしたいとレオナは考える。
「さ、フローラさまのところへ行くわよ。マァムやメルルにも伝えなきゃ、ポップ君が帰ってきて何も言わずにもうすっかり眠っているって」
再び寝息がほんの少し乱れた気がするが、レオナはそのまま部屋を後にした。