果報を寝て待つ 別アレンジ テランからルーラで戻ってきたポップは、できるだけ目立たないように砦から少し離れたところに着地した。それからできるだけ皆に見つからないように静かに移動して砦の中に入った。歩哨に「ただいま」とだけ伝え、与えられた部屋へ足早に移動した。そして手早く夜着として与えられた布の服に着替える。あとはランプの灯を消してベッドに潜り込むだけだ。本当は起きてダイが戻ってくるのを待っていたい。しかし、眠らずに待っているのを知ればダイは余計に気遣うであろうことは想像に難くない。眠れるとは思っていない。せめて体を横にして休んでいたという実績だけは作っておきたい。ダイの耳に「起きて待っていた」なんてことは入れたくない。それに
「ポップ君、ダイ君は?!」
そう、部屋に入ってきたこの姫君と顔をあわせたくなかったからだ。ポップは辛うじて舌打ちをこらえ「おやすみ!」とだけ言い残してベッドにもぐりこむ。これで逃げ切れるとは思ってはいない。が、逃げの熟練者としては逃げを試みずにはいられなかった。
「ポップ君!」
やはり大魔王もとい姫君からは逃げられない。レオナはポップの被るブランケットを強引に引きはがした。
「えっちぃ!冷える!おれも一応は病み上がり!!」
しぶしぶとレオナはポップにブランケットを返す。気は強いが根は優しいお姫様である。ポップも仕方なくブランケットにくるまりながらベッドに座る。沈黙が二人の間で踊る。ポップはハタと気が付く。よく考えればこれはマズイのではないだろうか。夜にベッドのあるところに男女で二人。言葉にするとあまり良くない気がする。気がするが
「ま、おれと姫さんだし、大丈夫か」
「何が?」
「あ、いや別に。おれ、寝たいんだけど」
「だからダイ君は?!」
ポップは口を引き結ぶ。できれば何も言いたくない。どうしてダイが飛びだしたのか、今どんな心境なのか。もしたとえ他の誰かにいう必要ができたとしても、目の前の姫様にだけは言いたくない。ポップはいつもの自分の口調を意識しながら答える。
「ダイ、見つからなかった」
「見つからなかった?」
「もう疲れてさ、帰ってきちまったよ」
「ふぅん、そう」
レオナはポップの顔をじっと覗き込む。美姫に顔を覗き込まれている。それはそれは有難い状況ではあるが、ポップの心境としては厳格な尋問官を前にした哀れな民の気分でしかない。
「キミね、テランの時と同じ顔をしているわよ」
審判がくだされた。ポップは彼女の読み上げる内容を静粛に拝聴するのみである。
「ダイ君には会えたのね。キミがダイ君の安否もわからずに戻ってくるわけないもの。本当に会ってないなら誰かに魔法の聖水を借りて飛び回るのに、それもしていない」
ポップは再び口を引き結ぶ。全身で「もうやだ、このお姫さま」と表現しているが、それが彼女に伝わっているかどうか。
「あたしたちに会わずに眠ろうとした。ダイ君が絶対に戻ってくるつもりがないならキミはそれをあたしたちに言って今後のことを話し合うわ。それともダイ君と共にいることを選んでキミも帰ってこなかったか。キミがここにいるということは、ダイ君は戻ってくる可能性はあるのね?キミ、泣いたんでしょ。目が赤いわよ。何を話したの?」
ポップはたまらず顔を背けようとする。が、両の頬をガッシリとホールドされてしまい逃げることもできなくなってしまう。
「もしかして。キミは自分が戻って黙って寝ちゃえばそれを知ったあたしが『ダイ君が無事でいること』に気づいて捜索を縮小することも考えたの?キミ、あたしのことを買い被りすぎじゃない?」
現に気づいてるじゃねぇか……とポップは言い返したいが両の頬を抑えられて口を動かしづらい。
「どうなの?」
「しゃべいにうい……」
「ダイ君は戻ってくるの?」
「ぜったい いわねぇ」
ポップは張り倒される覚悟で答えた。しかし目の前の少女は悲しそうに目を伏せるだけであった。レオナは両手をゆっくりとおろし、ポップの頬は自由となったが、どうにも息苦しい。
「ひ、ひめさん?あのさ」
「そうね、あたしは姫だものね。姫の仕事に戻るわ。ひとまずダイ君の捜索を縮小していただくわ。大丈夫、ダイ君が戻ってきたときの目印になるように松明の量は多めにお願いする。それから、後の細かなことはフローラ様と相談するから。キミはもう休んで」
事務的なことを淡々とレオナは述べる。さみしいと言いたげなその目にポップは絆されそうになる。ダイと何を話し方は一つとして言うつもりはない。が、せめて何かを。
「あのさ、姫さん。姫さんはダイにとって大事なお姫さまなんだ」
「黙って守られていろって?」
「ちげぇよ、ダイが本当はどう思ってんのかは知らねぇけど。お姫さまにはカッコイイとこだけ見てほしいんじゃねぇかなって、おれが勝手に想像して、おれが言わねえって決めただけだから」
レオナの表情が少し和らいで、「なにそれ」と言いながら呆れた表情になる。それはポップにとって馴染み深い表情だ。いつもどおりとはいわないが、この長い夜を過ごすぐらいの気力が彼女に戻ったと思いたい。
「とりあえず姫さんは、ポップ君の力なんて”借りません”って思いながらダイを待てばいいさ」
「そうね、ポップ君のような人の力は”もう借りません”。好きなだけ眠りなさいな」
「”そりゃどーも”。”ありがとよ”。いやぁ、ゆっくりスヤスヤと寝ちまうわ」
レオナはくるりと背を向ける。それから小さく「うそつき」と零しながら部屋を出た。