遠慮のない姫と大魔道士―賢者たちの秘め事 平和になり、ダイも帰還してしばらくしたころ、あちこちで武術大会が頻繁に催されるようになったそうな。そして棒術を扱う覆面の青年が、幾つかの大会を荒らして賞金稼ぎしているとかいう噂も流れはじめたそうな。
そんな頃、パプニカの姫と、その姫に呼び出しをくらった二代目大魔道士の密談。
「何やってんのよ。世界を救った勇者の仲間が小さな武術大会で小遣い稼ぎって」
「怒んなよ、バレたとしても庶民的でお茶目なイメージになるように振舞ってるよ」
「それにしてもどうして覆面なの?君なら―」
「―覆面のほうがバレたときに、可愛げで済むかなって、モシャスを使えるってのはさ、普通の感覚で考えるとさ」
「気味悪いものね。どこに紛れ込まれているかわかんなくなるし。それでも大魔王にタンカを切る人間が、街の小さな大会に出てお小遣い稼ぎってどうかと思うわ」
「路銀がちょっと心もとなくてよ。だから、あいつは試合に出ないし、オレも呪文は無しで目立たないようにしてるだろうが」
「それで怪我した選手をベホマ一発で回復させて目立ってあたしの耳に入ってきたんだから、どうしようもないわよね」
「顔を晒してねぇのになぁ」
「気づいてるのは今のところあたしぐらいかしら。キミの身体能力はうちの三賢者もあまりしらないし」
「あ、そもそもオレが怪我させたんじゃねぇぞ」
「でもわざわざキミが治すんだもんねぇ」
「あいつがそうしてほしそうな顔をしてたから」
「ダイ君のせいにするんじゃないわよ、ダイ君がそういう顔をしなくてもキミは治してたでしょ」
「どうかなぁ」
「とにかくね、手元が心もとないならちゃんと連絡して。お仕事は幾らでもあるんだから」
「姫さんとこの仕事、長期間拘束されるのが多いっつぅか」
「四の五の言うとねぇ」
「ん?オレらの首に鈴でもつけるってかい」
「あたしも息抜きする」
「息抜き、いいじゃねぇか」
「あたしもお忍びで大会に参加する」
「え?」
「大丈夫、ちゃんと覆面するし。単純な力だけならキミより強かったはずよ。回復呪文も使えるから怪我しても自分で治せるし。魔法も使うから1位は無理でも、2位や3位を獲って賞金を」
「金に不自由してねぇだろうが!」
「直接、この手でわかりやすくお金を稼いでみたいの!」
「実は買い物の時に税金を使うのに抵抗があったのか、でもそりゃ―」
「―大丈夫よ、あたしが自由に使っていいお金は、あたしが抱えている責任と働いたことへの報酬だから後ろめたくはないわよ。むしろいっぱい使って、還元するほうがいいもの。でも、キミたちみたいなこともやってみたいの。キミたちが気軽って思っているわけじゃないけども」
「わかってるさ」
「賞金をもって小さな酒場でみんなで集まって『あたしの奢りよ!』とか言ってみたい」
「なるほど。う~ん。でもなぁ」
「心配なら、ポップ君があたしにしばらく稽古をつけてよ。魔法と体術を用いての組み手とか」
「オレがぁ?マァムに頼むほうがいいんじゃねぇか。同性だし」
「身体能力としてはキミが一番あたしに近くて普通でしょ」
「姫さんのそういう合理性は嫌いじゃねぇけど。姫さん、オレのことなんだと思っているの」
「ダイ君のお友達」
「間違ってねぇなチクショウ。いっそ先生に頼んでやらぁ。あの人、最後の生徒にもっと色々教えたいだろうし。腕試しもしてぇから大会に出るって言えばウソじゃねぇしな」
「いいの!?」
「あとは姫さんが出るときにオレとダイが付き添うから、勝手に大会に出んなよ」
「なにかあったらキミが回復してくれるのね」
「それならダイも姫さんの出場に関して首を縦に振るんじゃねぇかな」
「ダイ君、あたしがこんなことするのを嫌がるかしら」
「心配はするだろうけど、姫さんが姫さんらしいのは喜ぶよ、きっと」
「よかった」
「殊勝じゃねぇか」
「そうね、だからキミがたまに大会に出るのも目をつぶってあげる」
「どこにいったんだよ、さっきの殊勝さは!」
その後、各地で覆面の賢者だか武芸者だとかが武術大会を荒らしたとか荒らしてないとか。それは男性ともいわれ、女性ともいわれているとか。そしてその性別不明の覆面の存在がアバンの使徒だったかもしれないとされる伝承が各地で残るのは、もっとずっと先のこと。