この地上から去るべきもの 魔界からまた何がしかが攻めてきて、地上に危機が訪れる。
しかし勇者ダイはあらわれなかった。何度も地上の危機を救った勇者は一向に姿をあらわさなかった。彼の剣も台座に刺さったまま。
「どういうこと、ポップ君」
「あん?」
ランカークス村の武器屋にて、女王レオナは勇者ダイの相棒であるポップを問い詰める。ポップは店番をしており、とてもじゃないが勇者ダイの相棒たる偉大な大魔道士には見えない。
「ダイ君はどこ?」
「寝てる。いや、寝かした。しばらく起こさねぇ」
ポップ曰く、皆既日食が起きる地点にダイを連れ出し、凍れる時の秘法でダイを封じたのだという。
「どうして?」
「どうしてって。逆に聞きてえよ、あいつが戦う義理があると思うか?」
レオナは答えることができない。何度も地上に危機が訪れ、そのたびにダイは地上を救い、人々に崇められ、そしてその力を忌避されたのを見てきた。この世界は、レオナの隣にダイが立つことが許されるような世界でも無かった。強大な力の象徴のダイの剣も戦時以外は携えることは許されず、平和の象徴として岬の台座にあり続けるように求められた。レオナ個人としては、ダイが全ての人間を見限ってこの地上を去ってどこかで平和に暮らしてほしいとさえ思いはじめていた。
かつて大魔王バーンが予言したとおりだ。自分が苦しくなると人間たちは勇者ダイに泣いてすがり、平和になってしばらく経つと強大な力を持つダイを疎む。
しかしダイもバーンに宣言したどおりに振舞い続けた。「地上の人々すべてがそれを望むなら」「この地上を去る」のだと。ダイはダイをよく知らない多くの人間の言動に哀しさを覚えながら、ポップやレオナたちからの慈しみを糧に世界を守り続けた。ダイの仲間たちがダイをこの地上に留めてしまっていた。
「戦う義理があるなんて言えないわね……。でもダイ君がいなくて勝てると思う?」
「大丈夫だろ。ダイがいるよりは犠牲はでるだろうけど」
大魔道士がそうというなら、そうなのだろう。レオナはひとまず安堵する。増える犠牲からも目を逸らさずに。
「あたしがキミに協力を求めたら?」
「ちゃんと世界の平和のために協力するよ。ダイが目覚めたときに、ダイの知り合いがいなかったら、あいつが悲しむからさ」
つまりダイを慈しんだ人間以外の犠牲など知ったことでは無い、ということだ。それを責めることはレオナにはできない。これは人間がうけるべき報いだ。
「じゃあ協力をお願いするわ。一緒にパプニカに来て準備して」
「わかった。それと覚えておいてくれ。これはあんたのせいじゃねぇ。オレが臆病でオレがダイをもう傷つくのを見たくなかっただけだ。あいつが生きやすい世界になった頃に目覚めさせるから。それまであんたもオレも生き延びようぜ」
「覚えておくわ。だからダイ君がもう傷つかなくていいことにあたしも安心したのは秘密にしてね」
それから世界は、やはり何度も危機を迎え、人間たちはその危機を乗り越えることになる。勇者ダイの再来を望む声は、いつまでも勇者が来ないことから失望に変わり、怨嗟すら帯びていった。しかしそのような声を発する人間は危機の度にこの地上から少しずつ去っていった。生き残ったのは、自ら危機に立ち向かう人間だった。
そしてダイが眠った十数年後にダイは目覚めることになる。ダイは強制的に眠らされたことをポップに抗議したが、仲間の皆が無事に平和に暮らしていることで深く安堵した。その後の危機にも勇者ダイは力を振るい続けたが、ダイを厭うような人間は、この地上にもう存在しなかった。