君へ捧げる生きる時間別に、恋人になりたい訳じゃない。
けれど、僕が君と一緒に過ごせたこと、その時間が決して無駄なんかではなく、人生に彩りを与えたこと。
その証が欲しかった。
君へ捧げる生きる時間
狛枝凪斗はじとりと様子をうかがっている。
テーブルに並んだ料理と日向創を。
「あのなあ狛枝...自炊ぐらい俺だってなあ」
目で口ほどに語る狛枝への一言。
これ全部君が作ったの?と言外に伝えてくる狛枝に、
後ろ手にエプロンをほどいてから手料理の前に日向は着席する。カーテンから差し込む朝の日差しが彼をよりいっそう輝いて見せる。
間が空いてから、まあ、花村までの味は勿論出せないけどさ。と、やや自虐気味に話す彼に、ボクは多少の申し訳なさを覚え、ごにょごにょとありがとうを伝えた。
日向クンが作ってくれたボクのための食事。内心、その事実だけで狛枝の胸は一杯だった。
意地と同時に温かい事実が、手をつける覚悟の邪魔をする。
予備学科の手料理なんて食べるわけないでしょ、なにボーッと突っ立ってるの、こっち見ないであっち行って。
だって日向クンがボクなんかにわざわざ時間を割いて用意してくれたんでしょ?是非味わいたいけど味わう前に見て堪能したい。あぁけれど、でも、そうなれば、どうすれば。
冷めるぞ、と日向がかけた声すらも、今の狛枝には届かない。小さく吐いたため息が、本当にぼんやりと聞こえて、次の瞬間狛枝の目の前からは盛り付けられたままの皿が一枚、また一枚とさらわれていく。
あんなに美味しそうな料理がポンポンと、テンポよく視界からなくなっていく。
「...勝手になにするのさ」
「お前が食わないならもったいないだろ。安心しろ、みんなに分けてくるからーー」
しびれを切らした日向の声が頭上から降ってくる。
狛枝は内心焦った。多忙の日向が時間を縫って何度か作ってくれたものはどれも本人が言う通りで、超高校級のシェフ・花村輝々が作る味には到底及ばない。狛枝の望む希望そのもの。ボクなんかが花村クンの料理を軽率に食べるなんて、とお約束の自虐が始まってなお、「食べてよ」といつも促してくれる。そんな彼を、彼の持つ"希望"を否定する気は更々ない、が。
今のボクは"日向クンの料理"をずっと食べていたい。
驚くほど平凡でなんの才能も持たなかったはずの君が作る味が、ボクには一番丁度良いんだ。何故だかはまだわからないけれど、心があたたまる、とでも言うのかな。
お世辞にもがっしりとしてない、細く骨ばった手ともう片方の義手で、それでもしっかりと皿を奪い返し、恨めしそうに日向を睨み付ける。
「...食べないなんて言ってないでしょ予備学科」
大きめに切られた具がごろごろと入った肉じゃが、次にご飯と口に含んでいく。おいしい。ただの肉じゃがとご飯なのに。味噌汁も一口啜る。やはりおいしい。多い割にはするすると胃袋に収まっていく。
前に言ったはずだよ朝はトースト派だって話したよね?もしかして覚えてないの?
食べる手は止めないままに、口を開けば悪態が出てしまう。嘘ではないが、傷つける言い方をしたい訳じゃなかったのに。ああ、自分で自分の口を縫ってしまいたい。
それを聞いてもはいはい、と日向は特に気に病む様子もない。むしろいつも通りだと判断したのか携帯端末に手を伸ばして未来機関に連絡を取るために席を離れようしたところで。
「なあ」
「ねえ」
珍しく、ハモった。いつも意見が合わない二人の声が。何という訳でもなく、二人揃って小さく吹き出した。
「今日のは随分張り切ったんだね」
「たまには俺の好みにも付き合ってくれよ。アレルギーとか、なかったよな」
明日はトーストにするから、と付け加えてふにゃりと笑う。確かにボクはアレルギーやらはないけど。そんな笑いかたふいうちだ。ずるい。トーストって、ただ焼くだけじゃない、ボクでも作れるよ。ああ、勘違いしないでね。君が用意するって約束は変わらないんだから。
「...忘れないでね」
「ああ」
少しおとなしくしてろよ。子供に言い聞かせるみたく注意してから、今度こそ日向は未来機関への連絡のために席を離れた。
明日の約束も、ボクがここで君の帰りを待ってることも。忘れないでよ日向クン。
君の作る味を食べるのは"日向クンが生きているという平穏な日常の表れ"なんだから。
この日常が続く限り、ボクは今日も死ねないな、と思えるのだから。
早く、言うべき言葉を素直に、君に伝えられたらどんなにすっきりするのだろう。