ハイド・アンド・シーク 夕焼けが嫌いだった。サヨナラしなきゃいけない時間。寂しいし、待っているのは暗闇だけ。
でも、彼と出会ってから全てが変わった。ヒトは「恋」をすると世界が輝いて見えるらしい。それが本当のことだと知ったのは、夕日に照らされた彼の姿がやけに美しく見えたから。白を基調としたパワースーツが空とおなじ夕焼け色に染まっている。パワースーツについたいくつもの傷跡は、日々の戦いの過酷さを物語っていて。それでも胸を張って生きている彼にーー目の前で私に手を差し伸べる「ヒーロー」に、どうしようもなく恋をしている。と、私は二回目のシチュエーションで気がついたのだ。一目惚れだろうと二目惚れだろうと、そんなものはどっちだっていい。
私のピンチに颯爽と駆けつけ救いの手を差し伸べてくれるヒーローの腕をがっちりと掴んで、私は口を開いた。
◇◇
「フラれた……!」
顔をデスクに伏せたままダンッと拳を振り下ろした夢主は、その体勢のままでもう一度「フラれたぁ!」と叫びながら鼻をすすった。ぐずぐずとした鼻声はもう詰まりに詰まったところまできていて、おいおいと泣きくれた目は実にみっともなく腫れている。
「勝算もないのに告白なんてするからだ」
「勝算がないと告白しちゃダメなんですか!!」
「……僕に絡むな。それに此処はキミのお悩み相談室じゃないぞ」
デスクにベッタリと張り付いた夢主の傍にマグカップを置いたジャイロがやれやれと肩を竦めた。
「失恋した可哀想な幼なじみを慰めてよ〜」
「……だから飲み物をいれてきた」
「幼なじみが優しい〜」
夢主はのろのろと顔を上げた。目の前にはマグカップ、少し視線をずらせば呆れ顔のジャイロが視界に飛び込んでくる。マグカップからは甘い香りの湯気がゆらゆらと立ち上っていて、夢主は誘われるままにクリーム色のカップに手を伸ばした。夢主専用のマグカップと、甘いココア。火傷しやすい舌を気遣うヒト肌の温度。ジャイロはなんだかんだ言っているが、いつだって夢主の存在を何気なく受け入れてくれる。
「……さっきの話だが、そもそもアレはフラれたうちに入るのか?」
「だって無言で! 何も言わずに! 飛んでっちゃったんだよ?! 絶対にフラれた……」
「……だがそれは明確な返事じゃない」
「目は口ほどに物を言う」
「バイザー付いてるだろ」
ジャイロは再び肩を竦めると、今度は大袈裟に落としてみせた。楽観的な思考を持つこの幼なじみは、その楽観さで突っ走ったかと思えば案の定たちはだかる壁を乗り越えることができずその場で地団駄を踏むことが多い。だから突っ走る前に引き留めるという選択肢を取れば良いのだが、なんせ彼女には予備動作というものがないので、ジャイロはもっぱら壁の前で途方に暮れる幼なじみの肩を叩いてやる事くらいしかできないのだ。
「向こうだって動揺しているのかもしれない」
「ジャイロってば、やけにギズモの肩持つんじゃない? なに、知り合い?」
「…………別に」
「あーやしー」
「話をすり替えるな!! いいから、それ飲んだらさっさと帰れ!」
夢主は「はぁい」とゆるく言葉を返し、すっかり冷めてしまったミルクココアをグイと飲み干した。甘ったるさは随分と控えめになってしまっている。喉を伝い胃の奥へと流れていく液体を身体の中に感じながら、先程の出来事を思い出していた。