未定【オフラインプログラミング】
※ジャイロと
※その心はシステムか否か
「……よし、動いてもいいぞ」
デスクの横に座ったまま目を閉じていた082に伝えれば、彼女は何度か瞬きを繰り返したのちに、こっちに視線を寄越した。
相変わらず無表情で、私の手元をじっと見ている。
「これが『瞬き』ですね」
「他にもいくつか、生き物らしい動きをプログラミングしてみたが……まあ、そのうち分かるだろ」
「視界も良好です」
新しく組み直した動作プログラムを転送したばかりだが、今のところ不具合などは無いらしい。
「街に行きたいなら行ってもいいぞ。インターンが買い出しに行ってるから、合流すればいい」
「インターンさんのお手伝いをしてきます」
「何かあったら通信機能を使え」
「はい。博士、ありがとうございます」
「……慣れれば、もう少し上手く笑えるはずだ」
082はぎこちない顔で笑ってみせた。
082は「ありがとう」と言う。
それに、「嬉しい」とも。
それは当たり前の反応だ。ついさっき、感情に『喜び』、動作に『笑顔』を追加したのだから。
「それでは、行ってきます」
やはりぎごちなく笑ってラボを出ていく姿に、ほんの少しだけ胸が痛む。やはり余計な『感情』は抜いてやるべきだろうか。
そんなことを考えながら、もう一度目の前のコンソールに手を伸ばした。
【深層学習】
※三つ子と(ヒューイ視点)
※信じ続ければ本物になれる日が来る
「あ! あれって……」
「えっ、ちょっと……! デューイ! 待ってよ!」
「なんで急に走り出すのさ……」
遠くに何かを見つけたデューイがとつぜん走り出したもんだから、僕とルーイは慌ててその後を追いかけた。特に曲がることも無く真っ直ぐに走り抜けて、すぐにその背中に追いつく。
「わー! 082だ!」
デューイの向かった先には、ジャイロが開発したアンドロイドが立っていた。
「あれ、本当だ。こんな所で何してるの? 博士は? 一人で外に出て大丈夫なの?」と僕が問いかけると、彼女はキュッと口の端を吊り上げる。
「博士の許可はいただきました。これは新しいプログラムの『笑顔』です」
「……なに?」と、ルーイが眉を顰めた。
「これは『笑顔 』です」
「それは分かる……いや、分かんないけど……。なんで急に笑顔の話し?」
「動作プログラムを組み直してもらいました。ルーイさんに会えて『嬉しかった』ので、これは『笑顔』です」
082の説明に、ルーイはやっぱり腑に落ちない顔をして、僕に助けを求めるような視線を投げる。
「……彼女、なんて?」
「きっと新しい感情をプログラムしてもらったんだよ。だって昨日までは表情ひとつ変わらなかったのに……ほら」
歪な笑みを浮かべる082は、正直とっても不気味だった。けれどデューイだけは、「すごーい!」と大声ではしゃぎながら、彼女の周りをグルグルと回っている。
「僕たちに会えて嬉しかったってこと?」
「そうです」
「他には? どんなことが嬉しい?」
「すべてです」
デューイと082の会話に、些細な違和感を覚えた。なんだろう、このモヤっとした気持ちの悪さ。二人の会話に思わず口を挟んでしまう。
「……すべて? それって、どういうこと?」
「区別するシステムは組み込まれておりません。そのため、すべてに対して『嬉しさ』を感じます」
一歩離れたところに立っていたルーイが、「それって、何も『嬉しくない』じゃん」と呟いた。
「一日中ずっと、その変な笑顔でいるつもり?」
「ルーイ! 仕方ないだろ、ラボに帰ってからまたプログラミングをやり直してもらえば……」
「……じゃあ、僕たちで082に感情を教えてあげれば良いんだよ! ね? そうでしょ!」
「まったくもう! デューイってば、そんなこと簡単にできるわけ……」
「……いいんじゃない? デューイの意見に賛成。ね、082。キミ、僕に会えて嬉しかったって言ったよね?」
082は、ルーイの言葉に「はい」と頷いた。
「嬉しい時って、胸の奥があったかくなるんだ。それが『嬉しい』ってこと。キミは僕に会えて心があったかくなったはずだよ」
「誘導操作ってアンドロイドに通用するの……?」
「確かに、メタプロセッサーが熱をおびたようです」
「はい! はーい! じゃあ僕は? デューイに会えて嬉しい? 胸があったかくなる?」
「熱を持っています」
「……じゃあ、僕は?」
仲間外れになるのは嫌だったから、僕も彼女に問いかけてみる。
「熱を持っています。これは『嬉しい』です」
082は、表情を崩した。
それは今までとはまったく違う、驚く程に自然で柔らかい笑顔だった。