救いのない話「行っては駄目だ緑谷君!!」
「デク君お願いうちらの話を聞いて!!」
「緑谷!つらいのは分かる、でもな、現実を見ろ!」
「相澤先生はもういないんだ!!!」
僕の背中にぶつかるみんなの声。
動くことすらままならないのにみんな、必死に叫んでる。
その言葉が、僕の背中を押してるなんて思いもしないんだろう。
一歩、一歩、僕は歩みを進める。
轟くんの一撃、痛かったなあ。
上手くかわしたつもりだったのに、左足だけ氷漬けにされた。
感覚の無い足をずる、ずるって引きずって僕は進む。
進む先にいる人が、手を広げて僕を待ってくれているから。
「何言ってるのみんな。相澤先生なら、」
手を伸ばせば届く。
触れた身体は温かい。
僕を抱き上げてくれた先生にぎゅうとしがみつく。
「“ここ”にいるよ」
にっこり笑った僕に、麗日さんが泣き崩れる。
「目ェ覚ましてお願い!!それは相澤先生や無い……!!」
「酷いな麗日、緑谷が俺だって言ってんだ、それを否定するのか?」
「黙れトガヒミコ!!緑谷君をどうするつもりだ!!」
「どうって、なあ、緑谷は、どうしたい?」
「連れて行ってください」
「緑谷!!!」
誰も僕たちを追いかけることなど出来なかった。
だってみんな僕が倒したから。
みんなが僕たちの邪魔をしたから。
相澤先生はもういないなんて嘘をつくから。
だってここにいるのに。
どうして分からないのかな。
「相澤先生、」
にこって笑って僕は、先生の背中に腕を回す。腰のホルダーからスラリとナイフを抜いたら、刺す前に突き飛ばされた。
受け身を取って対峙する。相澤先生は困ったように両手をホールドアップしていた。
「出久君ヒドいですぅ、いきなり刺そうとするなんて」
「相澤先生は僕にどうしたいかなんて聞かない」
ナイフを投げると難なくそれを受け止めた先生が刃先をペロリと舐めるから、僕は思い切り顔をしかめてやった。
「真面目にやれよ」
「怖いなあ緑谷は」
ツカツカと近寄って来た先生の左手が、僕の頬に触れる。
「好きなくせに、俺に愛されたくないなんて狂ってるよな?」
「だって相澤先生は僕のことなんて何とも思っていないでしょう?」
「何故分かる」
「分かりますよ、だって相澤先生は“ここ”にいる」
ゆるりと、僕は自分のお腹を愛おしく撫でた。
「ぜんぶ、ぜんぶ、僕の中にある。心臓も、脳味噌も、瞳もぜんぶ。ああ、でも、血、血だけは残念。血だけは残しておかなきゃいけなかった。だから、ね、相澤先生のことなら、なんでも分かる。なんでも知ってる。先生が僕を愛してくれるはず無いんです」
だから。
「今夜も僕を壊してください、先生」
先生の右手に握られたままのナイフに、僕の笑顔が映って見えた。