冬の星座(モラトリアムのキス) 学生時代、最終考査を終えて二人で旅行に行ったことがある。本当は大人の許可が必要で、IDだって就業証明があるものじゃなきゃいけなかったのだが、狡噛はどこかに手を回して(多分廃棄区画だろう)本物と見紛うばかりのIDを俺に用意した。旅行先に選んだのは、東北に近い、人が住むぎりぎりの地区だった。もう少し行けばハイパーオーツ畑といったところだ。そこはひなびた温泉宿で、女将も不思議がっていた。もうここらには何もありませんよ。名物の祭りもあったんですけどねぇ、シビュラシステムの命令で、みぃんな宿を仕舞ってしまって。私ももうそろそろ終わりにする予定です。
美味しい料理をたくさん食べて、掛け流しの湯に浸かって、そのまま寝るのかと思ったら、狡噛は俺を散歩に誘った。女将は懐中電灯を持たせてくれたのだが、それはとても狡噛の散歩には役に立った。何せ彼は林の中の一本道を歩き、光などなかったから。
暗闇の中を歩くと、狡噛の呼吸音がよく聞こえた。生々しい肉に触れているようで、彼を粘膜で受け入れているようで、俺はいくらか興奮してしまい、何故か手を握ってしまった。
「そろそろだ」
狡噛が言う。彼は足を止める。林が開ける。そして俺が目を空に向けると、そこには数え切れないほどの星が満ちていた。ベテルギウスもプロキシオンも分からない。ただ星がべったりと貼り付いて、輝いているだけだった。
「お前にこれを見せたくて。適正が出るまでに見せたいのはこれだって思って急いだんだ」
「急ぐって……俺が公安局に落ちると思ってるのか。偽のIDまで作って」
「まさか、もうすぐ自由がなくなるだろう? 公安局員になったら、俺たちはお互いにきっと秘密を抱えることになるから。だからここで、ギノに好きって言っておきたかったんだ」
握った手が熱い。俺も好きだ。愛してる。俺たちはキスをする。モラトリアムが終わってしまう前に、秘密も何もなしにキスをする。