見かえしてやるんだわ(煙草の香り) 私が公安局に勤め出した時、歳は二十にもならなかった。桜霜学園の教育方針に半ばか逆らうようにして公安局入りした私を守ってくれる人などは誰もいなかった。伝説の事件を解決した先輩とはソリが合わず、かといって移動するわけにもいかず、私は自分が埋もれてゆく気がした。でもそれよりも私を揺さぶったのは、一人の男の存在だった。
彼の名前は宜野座伸元という。以前は私と同じ監視官をして、先輩が解決した事件で執行官堕ちした人間。ずいぶん優秀だったのよ、とは二係の青柳監視官の言だが、彼女は宜野座さんと同期というから信用はならない。ただ、多くの猟犬を一人でコントロールして、一人も死なせなかったというのは、私の興味を引いた。私はその頃の宜野座伸元の日誌を読むことにした。別に先輩に言う話でもないし、宜野座さんに許可を取るものでもないから、無断で読んだ。そこにはいつもより厳しい、私の前でいつも笑っている彼とは違う、苛烈な男の人生が描かれていた。
宜野座伸元は例の事件で、全くと言っていいほど変わっていた。部下を失い(父を失い、友人を失った)、自分も腕を失った。変わらない方がおかしいのかもしれない。私は、変わりたくないけれど。
先輩を好きだと気付いたのは、たまに煙草の匂いをさせるようになったからだ。煙草の匂いのする先輩は柔らかくて、頼りなくて、何だか好きになれそうな気がした。私と繋がってくれそうな気がした。でも違う、と気付いたのは、宜野座さんもその匂いをさせている時があるからだった。最初は二人の中を疑った。でも違った。二人が同時にその煙を身につける時は、宜野座さんが墓参りに外に出る時だったから。死者にあげているのだろうと私は思った。
「煙草が好きな人だったんですか?」
墓参り帰りに、先輩と二人きりになった時に聞くと、先輩はそうじゃないのよ、と言った。
「この煙草を吸うと頭がしっかりするの。ほら、しっかりしろ常守、って言われてる気がして。宜野座さんはね、きっと優しい言葉をもらっているんでしょうね……」
結局、まだあの煙草が誰のものかは分からない。ただ一つ欠けたままのピース、狡噛慎也がそれにあたる気がするけれど、私には分からないままだ。いつか見かえしてやりたいと思うけれど、それもまだ私の力ではどうにもならない。でも、私は意地でもあの煙草を吸わない。