それじゃバイバイ(二人だけのさよなら) 学校でさようならをするのが好きだった。その瞬間のために学校に行っているような気すらしていた。その瞬間が来てやっと、俺は自由になったから。子どもたち、同級生たちは帰りにどこで遊んで行くか笑いながら思案しているが、俺は秘密の道をどうやって帰るか、珍しくホロじゃない植物が生えている道をみんなにバレずにどうやって訪ねるか、家に帰ってダイムとどうやって遊ぶか、そんなことばかり考えていた。俺は潜在犯の息子で、何かあったらいじめられていたけれど、楽しい放課後にかまって来る奴なんていなかった。それくらいその時間はみんなにとって大切だったんだろう。俺にだって大切だったさ、授業の復習をしたら、ようやく一人の時間が出来るから。
その時間の意味が変わったのは、さよならを言うのが辛くなったのは、狡噛と出会った時からだった。狡噛は優秀な生徒で、色相も綺麗で、なのに潜在犯の息子と知って俺に構って来た奴だった。彼も少し変わっていて、友達になるのに時間はかからなかったし、恋人になるのにも時間がかからなかった。俺たちは放課後は遊び回った。学校でさようならをするのが、この頃になると俺はもっと好きになっていた。今日は狡噛とどこに行こう。前に行った廃棄区画か? それとももう泳げやしない海の風を浴びに湾岸地域に? 狡噛はいつも驚きをくれた。俺が喜ぶものをいつもくれた。今日だって、俺が知らないホロじゃない植物の生えた秘密の植物園に連れて行ってくれた。廃棄されたそこは、俺たち以外には誰もおらず、とても静かで、唇を合わせるのにはぴったりの場所だった。
「なんだかお前にいいようにされてる気がするな」
手を繋いで、植物園のデッキに座りながら言うと、狡噛は笑ってこう言った。
「俺はいつもお前のことを考えてるさ。ここを見つけるのにどれだけ苦労したと思う? 古地図までアーカイブで探したんだぜ」
その努力を思うと俺は少し笑ってしまって、俺たちはまたキスをした。植物園は夕暮れ時で、そろそろさよならを言わなくちゃいけなかった。狡噛は神奈川から通学しているから、夜が遅いとおばさんが心配するのだ。
「それじゃあまた明日」
俺たちは手を振る代わりにキスをする。それじゃあバイバイと、子どもたちが学校でするようにキスをする。甘い甘い、二人きりでしか味わえないキスをする。打ち捨てられた植物園の中で。