クラシック(悩みとコーヒー) 狡噛の部屋に行くと、音楽が流れていた。それもクラシック、詳しくは知らないから分からないが、ざっくりというと管弦楽で、いかにも彼が好きそうなものだった。本を読む彼にこれは? と言う顔をすると、出島のマーケットで捨てられそうになったのを買い取ったのだという。馴染みの店主だから安くしてもらったよ、とは彼の弁だ。俺は売りつけられたのではないかと疑ったが、それにしては音の状態は良く美しい調べだった。
「コーヒーは?」
狡噛が言う。俺は砂糖を二つ、と甘い注文をして、くるくると回るレコードを見つめた。狡噛の部屋には本だけではなくレコードも多かった。俺はどちらにも興味はなかったから知らないが、これも彼を構成するものの一つなのだろう。
「ほら」
ありがとうとマグカップを受け取って、彼の隣に座る。ソファは軋んだがそれも心地の良い音だった。なんならレコードに合っていたと思ってもいいだろう。
俺たちはそれから昨日の話をした。仕事とか、その後に取った食事とか、レストランから帰る道で見た孤児だとか。孤児は公安局が回収して行ってことなきを得たが、出島には以前より増えているようだった。というのも、入国審査では子供がいる方が優先されるからだ。一度入ってしまっては用済みというわけだ。胸糞が悪いが。自分なら絶対に捨てないのに、もし狡噛との間に子供がいたら絶対に捨てないのに、父のようにはならないのに、そう思うが、俺は男で狡噛も男で、そんな可能性は全然ない。クラシックな悩みは、そこで打ち切られてしまう。
「あの子たちは施設で元気にやってるさ。子供は強いから」
狡噛はそんなふうに俺を慰めるように言った。彼はとても理論的なのに、俺を慰めるような時、嘘をつく時がある。大丈夫さ、大丈夫、きっとうまく行くから。俺はそれをずっと嫌っていたけれど、最近はすがることも増えた。大丈夫、大丈夫さ、きっとうまくいく。俺は彼の言葉を繰り返しながら、コーヒーを片手に愛しい男に寄りかかった。